おくすり千一夜 第八話 漢方薬残留農薬

北京へ行くと今でも空港から市街に通ずる道並木の樹木に石灰のようなものが塗られているのが見られます。虫よけのための石灰乳液なのでしょうか。また訪問した薬草園では薬草の葉に真っ白いものがかけられており、多年生の薬草が虫に葉を食べられないための予防法だと合点しておりました。

1998年、大連の長白山というエキス顆粒剤を作っている新しい企業を見学した際、工場長から「生薬の残留農薬に関する日本の規定」について質問を受けたことがあります。その時、あの白いものが何であるか気付きました。あれはBHCやDDTのような農薬だったのです。つい最近まで我が国では生薬の農薬含量に関する規定はなく、ようやく平成十年、薬局方の追補に初めて収載されました

同じ頃、大学病院で「漢方薬(八味地黄丸と桂枝二越婢一湯)を服用中の患者に肝障害」が現れ、農薬の存在が疑われて、その種類や含量が分析されました。農薬は粗製のBHCとDDTが殆どで、効果のある本体以外に、効果のない異性体が多量に含まれてはいるが、いずれも検出限界(0.02ppm)以下でした。

生薬の輸入業者に問いただすと、うちは「出来るだけ低農薬の品物」しか扱っておりませんと言う返事です。国立衛生試験所の生薬部に問い合わせ、日本の食品中の基準とヨーロッパの薬品中の許容限界の一覧表を入手しました。それらによると許容限界は何れも1ppm以下、百万分の一以下と緩いものでした。漢方薬を加工して作られるエキス顆粒は、すべてが0,005ppm以下で許容限界の20分の1以下でした。

我が国で使われている漢方生薬には農薬が含まれていないのでしょうか。「日本漢方薬協会・技術委員会」の資料によりますと輸入生薬は栽培地域によって違いはありますが、多年生の人参や柴胡、最も高価な人参では許容量の百倍近い高含量(十数ppm)の生薬が輸入されているのです。しかも輸出国側の言い分は培土壌が農薬で汚染されており、回復には十年を必要とするとのことです。蟾酥や牛黄や麝香のような動物性の生薬については、この様な問題は考えられません。

一方、高濃度の農薬を含んだ人参をエキス顆粒化すると、農薬が揮発性であることから、含量が百分の1以下になります。ただ、含量が微量でも漢方薬は長期に渡って同じ方剤を服用します。農薬の多くは有機ハロゲン化合物で、重金属と違い排泄されません。脂肪組織にとけ込んで蓄積されてしまうはずです。それはPCBで汚染されたたカネミ油事件で証明済みです。エキス顆粒剤については、これまで噴霧乾燥の工程で、揮発性成分や熱に不安定な成分が蒸散か、分解されてしまうので、昔から用いられてきた煎じ薬や丸剤が適当と考えられてきました。 

しかしBHCやDDTの様な、発癌性が予測される農薬の存在が明らかな現状では、国内産のみの生薬を使用するか、多年生の生薬を含む方剤については、効果は二の次にしても、農薬含量が百分の1以下のエキス顆粒を使用するほうが安全といえます。

漢方製剤、生薬製剤及び生薬の残留農薬

2003年に主に中国から輸入された生薬に残留農薬が検出され、それが一般に公表されたことを受け、2005年6月、日本漢方生薬製剤協会(日漢協)では残留農薬に関する自主基準を見直し、検査対象の製剤と農薬種を追加しています。残留農薬への取り組み  また、生薬メーカー、エキス製剤メーカー共に各社で様々な取り組みを始めました。当時に比べれば安全性は高まっているはずです。(小鬼)

◀︎◀︎表紙へ戻る