おくすり千一夜 第十一話 解熱にアスピリンが使われない理由

小児のかぜ(ウイルス感染症)にアスピリンが使われなくなりました。アスピリンは解熱剤としては大変優れたお薬です。

理由は小児のかぜにアスピリンを飲ませたら「ライ症候群」と呼ばれる急性の脳症で死亡した例が多発したからです。

ライ症候群とは一体どんな病気なのでしょう。今から三十数年前にオーストラリアの病理学者ライ氏が、初めて報告したことからこの名前が付けられました。症状は初め感冒の状態から、急に嘔吐、痙攣、意識の混濁、筋肉に張りがなくなり、大半が死亡する病気です。アメリカで疫学調査をしたところ、アスピリンの服用と関連のあることが分かりました。

ライ症候群は、肝臓や脳、筋肉などの細胞の中のミトコンドリアの障害による疾患と目下考えられておりますが、原因も、発生機序も解明されておりません。

アメリカでは1980年代に調査が行われ、病気の発症とアスピリンの服用率が有意に高かったことからアスピリン投与を中止したところ、この疾患は激減し、今日では殆ど零に近い状態です。日本でもアスピリンは使わなくなりましたが、相変わらずライ症候群の発症が見られます。この差は一体どこからきているのでしょう。

まだ確定はできませんが、一つの可能性として、日本ではメフェナム酸、ジクロフェナック、スルピリンなどアスピリン以外の強力な非ステロイド系抗消炎剤(エヌセイド)が、頻回に投与されていることが原因の一つと考えられます。 

アスピリンだけでなくスルピリン、イブプロフェン、メフェナム酸などのエヌセイドはいずれもプロスタグランディン合成を阻害することで解熱効果を発揮します。この作用の比較的弱いアセトアミノフェンを、水痘患者に投与すると水痘治癒の遅延することが報告されております。

メフェナム酸を用いたウサギの実験ではウイルスの量が1000倍も増え、過半数が死んだそうです。これら薬剤には多少の解熱効果はあっても、感染を重くし、生体の受ける障害も大きくなったと考えられます。 

発熱は生体防衛反応のひとつです。生体にウイルスや細菌などが侵入すると、免疫系によって非自己と認識され、免疫担当細胞が活性化されて、非自己の異物排除が始まります。病原体の侵入に対応して、免疫系の細胞が「サイトカイン」という内因性の発熱物質を産生します。

この物質が視床下部でプロスタグランディンの合成を促進し、体温調節のセットポイントを上昇させる結果、体温が上昇します。 侵入したウイルス高熱下では活性がなくなり、局所の炎症反応で排除され、体内への侵入が阻害されます。解熱剤を使用すると、生体にとって大切なこの防衛反応が停止してしまうのです。こうなるとウイルスは思いのままで、猛烈な繁殖が起こります。

アセトアミノフェンで水痘が治り難かったことと、メフェナム酸でウサギの大半が死んだのも、防衛反応の阻害によると考えられます。従ってエヌセイドを小児の解熱に使うのは不適切と考えた方が安全です。

適切な服用量を予測できる臨床試験はありませんが、発熱だけで死亡することはありませんので、辛抱できる人には解熱剤は与えず、与えてもせいぜいアセトアミノフェンの屯用くらいにすべきでしょう。

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先見の明

2006年に厚生労働省が出した資料「小児のライ症候群に関するジクロフェナクナトリウムの使用上の改訂について」にその後の経過が書かれています。https://www.mhlw.go.jp/houdou/0105/h0530-3.html 
さらに現在、小児への、解熱薬としてのNSAIDsの使用は、インフルエンザ脳症の増悪リスクも指摘されているため制限され、使うとしてもアセトアミノフェンのみが推奨されています(今日の治療薬2022)。
小鬼は1989年から子育てを始めましたが、当時は風邪で受診すると、必ず解熱剤と抗生剤が処方されていた時代です。早々に鬼さんからこの話を聴いていたため、我が子にはNSAIDsを飲ませたくなくて、こどもが発熱したとき「熱があるとかわいそうだ」という家人といつも喧嘩になりました。