おくすり千一夜 第十八話 自然の摂理に反すると天罰が(プリオン蛋白)
十数年前、英国で発生した狂牛病は十数万頭の牛が感染し、大量屠殺が行われました。今でも英国へ行くなら牛製品は食べるなとの忠告を良く耳にします。この病気は羊のプリオン病が牛に感染して起きたもので、牛は草食動物なのに、離乳期の子牛の発育を良くしようと、羊の骨や肉を食べさせたことが原因で、牛がこれに感染し狂牛病を起こしたのです。自然の摂理に反したことをやって天罰が当たったと言うわけです。
プリオン病にかかると人は高度の廃人になって死ぬ感染性の病気です。原因はかなり解明されたが、まだ多くが謎です。これはプリオンという蛋白が脳や神経に蓄積して起こる病気です。ところがプリオンは全ての細胞中にあり、特に神経細胞に多量に存在します。
問題は発病した患者の脳に蓄積されるプリオンは正常なものでなく、分子の立体構造が異なる「異常型のプリオン」なのです。この異常型のプリオンのことを感染型プリオンといい、これを動物が摂取すると、ある潜伏期を経て発病します。狂牛病が人に感染することも確実となり、人畜共通の感染病として対策が必要になりました。プリオン病は脳だけでなく筋肉や骨などの末梢臓器からも感染するそうです。
一方、クロイフェルト・ヤコブ病もプリオン病だそうです。以前はパプア・ニュウギニアに住む先住民族フォレ族に「クル」と呼ばれる病気があり、病状がよく似ておりました。フォレ族には葬儀の際に人食いの儀式を行う習慣があり、死者を解体して、その血を体に塗ったり、筋肉を食べたことが原因と分かり、この儀式を強制的に止めさせたところクルは消滅したそうです。クルは人食いの儀式で人為的に伝播されたプリオン病と言えましょう。人為的な事でこの病気に感染し、多数の患者を発症させてしまった事件があります。屍体の脳下垂体から抽出・精製された成長ホルモンやゴナドトロピンの注射剤や、屍体から採取した脳硬膜移植による発症です。
プリオン病は発症までに年単位の長い潜伏期間があり、この潜伏期間中の患者が他の疾患で死亡し、その脳下垂体や硬膜が採取・利用された場合、移植を受けた患者があとで発症すると考えられます。他に目の角膜移植や脳内植え込み電極の再使用が原因と見られる感染もあり、脳外科医や検査技師の業務を介して感染してしまった例もあるそうです。
遺伝性プリオン病は、感染ではなく遺伝子の異常によって発症するもので、優勢遺伝であり、これまでに16種類の遺伝子変異が報告されております。臨床的には急に痴呆になる家族性のものや、先ず運動機能失調、次いで痴呆になるゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー病があるそうです。遺伝的に作られた異常型プリオンにも感染性があります。
細菌やウイルスと違い、感染によって脳で作られる異常型蛋白は侵入してきた蛋白が増殖して出来たのではなく、患者自身の蛋白が正常から異常に変化したのだそうです。英国のプリオン病発症患者の脳に蓄積されている異常型プリオン蛋白は、食物として摂取した牛の蛋白が脳の中で増殖したのではなく、侵入蛋白が宿主の産生する正常型プリオン蛋白を何らかの機序で異常型に変化え、それが蓄積されて病気を起こすのだそうです。
最後にプリオン病は感染性はありますが、異常型プリオンを含む物を食べたり、体内に移植しない限り、プリオン病患者の皮膚、汗、尿、便で感染することはありません。
狂牛病(BSE)は今
日本では、2001年を皮切りに、8年間で36頭の感染牛が発見されましたが、2003年以降に生まれた牛からは確認されていません。世界でも、発生のピークだった1992年の3万7先頭が、2013年にはわずか7頭に減りました。
そのため、2017年にBSE対策が見直されて、健康牛のBSE検査廃止等の措置がとられました。
感染牛の発見の翌月から、牛の特定部位の除去・焼却が義務化され、全国一斉のBSE検査、輸入の制限、全頭検査前の国産牛肉買い取り事業が実施されました。ところが、この制度をを悪用した牛肉産地偽装事件が次々と起き、外食産業で牛肉が提供できなくなるなど、その影響は多岐に及びました。
2020年の資料では、特定危険部位(舌、ほほ肉、皮を除く頭部や脊柱、脊髄など)の除去や飼料規制、死亡牛の検査等はまだ実施していますが、輸入が認められていない国は13カ国にまで減りました。
【参考】
厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bse/index.html