おくすり千一夜 第二十話 美食したいが、スリムでいたい。
人間の五大欲望という言葉があります。食欲、知識欲、所有欲、性欲、及び睡眠欲をいい、食欲は最上位に上げられております。戦争が無く平和が続いて豊かになった現在は、正にこの欲望を満たす飽食の時代で、テレビをつければグルメ番組がいつも放映されており、若い女性の「おいしい! 」という悲鳴にも似た言葉をしばしば耳にします。美味しいお料理は全て栄養素もカロリーも過剰で、その結果食べ過ぎとなり、消化剤の入った胃腸薬のお世話になるのですが。これを繰り返していると体重が増し、肥満になってしまいます。
そこで登場するのが「やせ薬」です。やせ薬には色々なものが市販されており、食欲を抑えるもの、睡眠を短縮してエネルギーを無理に消費させるもの、味覚を変えて食欲を無くしてしまうものまで色々ありますが、その殆どは中枢神経系に作用する薬物です。アメリカでは日本で禁止のヒロポンと殆ど同じものが、やせ薬として許可されております。またハーブや漢方薬でやせるという効能を謳ったものもありますが、成分はいずれも中枢性で、耐性が出来たり、反動で過食が起こる場合が多いようです。
最近、副作用が全く考えられない「やせ薬」が発見されました。この物質はハイドロキシ・クエン酸或いは水酸化クエン酸と呼ばれ、柑橘類の酸味成分であるクエン酸に水分子から水素が一つ取れたハイドロキシル基が結合した物質で、東南アジアに棲息する植物の果皮に多量に含まれ、伝統料理では食欲増進剤として、また魚などの漬け物の保存剤として昔から使われて来ました。
アメリカでの綿密な研究の結果、この物質に次のような作用のあることがわかりました。即ちこの物質は食欲を抑え、体がエネルギッシュになるだけでなく、食物が体内で脂肪に変えられるのを抑える働きがあります。また中枢神経系に悪い影響を与え、不安や神経質になったり睡眠障害を起こすなどの副作用が全くなく、自然な減量のできる初めての物質なのです。したがって体重を効果的にコントロールし、血中の高コレステロールと高脂肪の軽減に役立つと考えられます。
1969年、アメリカの大学研究者が生体の基礎的エネルギー代謝について調べていたところ、偶然ハイドロキシ・クエン酸が食物を体内で分解し脂肪に変える酵素の活性を抑えることを発見したのです。その結果食物は脂肪にならずグリコーゲンとして肝臓や体組織中に蓄えられ、これが刺激となって、食欲を減退させ、エネルギー消費を増加させ、熱の発生を促すのです。このやせ薬は服用するとエネルギッシュな感じになり、血糖値の上昇は見られず、むしろ下降ぎみで、糖尿患者が服用しても安全と思われます。また血液中に循環している悪玉のLDLを除去する異化作用が強められるそうです。この物質は脳の関所である脳血液関門を通過できないので、脳に直接作用し食欲を抑えるのではないことも証明されています。
目下市中にはハイドロキシ・クエン酸含有の健康食品が販売されていますが、健康食品には成分の薬理や生化学的な効果を記載することは禁止されているために、消費者が正確に評価出来ない状態にあります。成分としてハイドロキシ・クエン酸と記載されていても、いずれもイメージ商品で、含有量は少ないか曖昧で、治療効果を期待出来る製品は少ないように思われます。
追補 : ハイドロキシ・クエン酸(HCA)の薬効その後(2002.2.14)
HCAには、ATPクエン酸リアーゼという酵素の活性を抑えて肥満を防止する作用のあることがわかりました。マウスを用いた実験で、体重増加が有意に抑制され、(体重抑制率7.2%)、脾臓、腎臓、肝臓などの臓器にも抑制傾向が見られ、腸間膜脂肪増加を有意に抑制したとの報告があります。
しかし、ヒトでの臨床データでは、これまでのところHCAには肥満や糖尿病に対して改善効果が認められないそうです。それはHCAが理論通りに体内でクエン酸サイクルに作用しているかどうかという点と、HCAがブドウ糖を脂肪に変えないで肝臓のグリコーゲンタンクに貯蔵するというメカニズムでは、すでに肥満のヒトを痩せさせる効果は期待薄で、せいぜい過食しても肥満を防止する程度の効果であることが明らかになったと言えます。
NIHの報告(2020)
アメリカ国立衛生研究所(NIH)によると、ヒドロキシクエン酸 (HCA) を大量に含むガルシニア カンボジアまたは HCAは、 ラットでの研究では、食物摂取を抑制し、体重増加を抑制することがわかっています。しかし、ヒトでは、有効かどうかに関する証拠は相反しており、「大規模で長期の臨床試験で証明される必要がある」と指摘されています。https://ods.od.nih.gov/factsheets/WeightLoss-HealthProfessional/
日本では、7件のHCA含有サプリメントと1件の清涼飲料水が、栄養補助食品として販売されています(2022年)。届出効果は『運動中の脂肪の燃焼を高める。食後の中性脂肪や血糖値の上昇をおだやかにする。肥満気味な方の内臓脂肪とBMIを減らすのを助ける』等、大変魅力的です。初回半額、とか、30日間返金保証などを謳って、ネットなどで大々的に販売されていますが、確たる証拠は無いようです。