おくすり千一夜 第二十二話 このままでは腹の虫がおさまらない

最近、八百屋やスーパーに「有機栽培野菜」と銘打った品が並び、「地球にやさしい」とか「安全な食品」というイメージが強調されております。確かにネギも、キャベツも、ほうれん草も甘くなりました。「追い肥」と称して化学肥料を与えた野菜には苦みがあるからすぐ分かります。虫食いのない野菜は殺虫剤が染み込んでいるとして敬遠されがちです。

一方、春になると花粉症が新聞を賑わします。現在、日本人は十人に一人が花粉症で、昔は花粉症という言葉さえありませんでした。花粉症とともにアトピー性皮膚炎になる人も急増しております。これらアレルギー性疾患の原因について面白い説があるので御紹介しましょう。この説によると、アレルギーは公害物質や食品添加物ではなく「カイチュウをはじめとする寄生虫が日本国内から消滅したこと」が最大の原因だそうです。

アレルギーは、スギとかダニのような特殊な物質が体内に入ると、アイジーイー(IgE)という抗体ができ、それが再び体内に入ってきたスギ花粉やダニ物質と結合すると発症します。スギ花粉にさらされると、体内に「スギ花粉に反応するアイジーイー抗体」が生じ、それが鼻の粘膜や目の角膜にも、存在するようになります。そして再びスギ花粉にさらされ、花粉が鼻の粘膜に達すると、そこで花粉とアイジーイー抗体との結合がおこります。

鼻の粘膜には好塩基球や肥満細胞といった、顆粒をもった細胞があり、細胞の表面には、アイジーイー抗体と結合する一種の「鍵穴」があります。アイジーイー抗体が好塩基球や肥満細胞と結合しただけでは何事もおこりません。しかし、スギ花粉と結合したアイジーイー抗体が、これらと結合すると、細胞内顆粒が離脱してセロトニンやヒスタミンという化学物質を放出します。この反応が鼻で起これば、鼻汁が出て、クシャミを連発します。目で起これば、涙が出て、目が真っ赤になります。

同様に「皮膚」で、ダニ抗原とアイジーイー抗体とが結合し、さらにそれが好塩基球や肥満細胞と結合すれば、アトピー性皮膚炎を誘発します。

さて本論に入りましょう。寄生虫がヒトに感染すると、理由は分かりませんが、アレルギーのもとになるアイジーイー抗体がヒトの体内に極めて多量作られるそうです。多分、寄生虫がヒトの体内で「楽に暮らせる」よう、アイジーイー抗体の産生を誘導していると考えられます。不思議なことにこのアイジーイー抗体の大部分は、スギ花粉やダニ抗原とは全く結合しない、「非特異的なアイジーイー」と呼ばれる抗体なのです。

寄生虫のいるヒトがスギ花粉やダニなどにさらされた場合、すでに多量のアイジーイー抗体を体内にもっているので、これらに対して抗体を産生する余地がないようです。またもし抗体が産生されたとしても、体内の好塩基球や肥満細胞の表面は、寄生虫由来の非特異的で不活性な抗体に覆われているので、アレルギー反応の起こる余地はないと考えられます。即ち「寄生虫のいるヒトは、花粉症やアトピー性皮膚炎にはなりにくい」という説で、この説は疫学的調査で立派に証明されております。

今、我が国は下水道が発達して、私どもが食べた終末物質は河川を汚すだけで有効利用されなくなりました。地球にやさしい有機栽培野菜を大いに頂き、より健康になりましょう。

後 日 談 :

このお話の寄生虫とアレルギーの関係を研究されたのは、東京医科歯科大の藤田先生です。先生は非特異的なアイジーイー(別名、変形アイジーイー)を創る物質を、一番体の大きなサナダムシから抽出することに成功し、ESCと命名しました。ESCは花粉症やアトピーを強力に抑えるそうです。

もしこの物質に副作用がなかったら、ノーベル賞が頂けたろうとご本人もお話されておられます。残念ながら、ESCには発癌性のあることがわかりました。やはり花粉症やアトピーを治すのは、今のところ、抗アレルギー剤を服用するか、回虫をお腹の中に飼う方が安全のようです。

追補 : 

2006年12月19日  BCG:つらい花粉症などに効果的 「衛生向上」=「アレルギー増」仮説を裏付け  

結核予防ワクチンのBCGが花粉症などのアレルギー反応を抑制する仕組みを、理化学研究所と千葉大の研究グループが突き止めました。衛生環境の向上で病原菌にさらされる機会が減ったことが、最近のアレルギー増加と関係しているという仮説を裏付ける結果だと言われています。25日付の米医学誌に掲載されます。  

花粉症やぜんそく、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患は先進国を中心に急増しており、国内でも患者は国民の3割といわれています。この理由として、衛生環境の向上や抗生物質の多用で、幼少期に感染性の病原菌に接する機会が減ったことが、アレルギーを誘発しているという「衛生仮説」が提唱されています。しかし、このメカニズムははっきりしていませんでした。  

グループは、病原菌の一つである結核菌を弱毒化したBCGワクチンを受けると、アレルギー症状が緩和されるという報告に着目。マウスにBCGワクチンを接種すると、ナチュラルキラーT(NKT)細胞というリンパ球が25%以上増え、アレルギーを引き起こすIgE抗体の血中濃度が低下しました。さらに、NKT細胞は、IgE抗体をつくる別のリンパ球の「細胞死」を促進し、IgEをほとんどつくらせないようにする働きを持つことを突き止めました。 また、BCGを接種したヒトの血液を調べたところ、アレルギーを抑える同様のメカニズムがあることも分かりました。  

理研の谷口克・免疫・アレルギー科学総合研究センター長は「細菌のどの成分がアレルギーを抑制するのか明らかにし、治療薬の開発につなげたい」と話しています。

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