おくすり千一夜 第二十五話 六神丸は「漢方薬」ではありません!
漢方方剤を調べてみますと、方剤の中に強心作用という薬効はありませんし、薬草も含まれておりません。むしろ心因性の心臓神経症、頻脈、心悸亢進等を対象に「桂枝加或いは柴胡加・竜骨牡蛎湯」「桂枝人参湯」「柴胡桂枝乾姜湯」「半夏厚朴湯」のような方剤が使われており、何れも中枢性の薬剤と言えます。
六神丸のような「五疳薬」は、漢の時代よりずっと後に創られた方剤で、解毒や止痛を目的として使われてきました。我が国でも同じ主成分の含まれている「蝦蟇の油」は、刀傷の止血・痛み止めの外用薬として用いられて来ました。
明治になって、センソに強心作用のあるいることが分かり、現在のような効能で使われるようになりました。「強心」という言葉は分かりにくく、色々な疑問を生じます。
そこで強心とは、強心剤とはどんなお薬なのか、お話しましょう。心臓は体の中を循環してきた血液を、一度肺に送って炭酸ガスと酸素のガス交換を行い、これを再び体循環に戻してやるポンプの役目を果たしている臓器です。この働きが鈍くなると、体に色々な症状が現れます。漢方では血が滞る「於血(オケツ)」の証であるといいます。
今の医学では「鬱血性心不全」と呼び、末梢の組織が必要とする充分な血液を供給できない状態で、心臓のポンプ機能低下と診断されます。その結果、からだが何となくだるくなり、気力が無くなり、手足がむくみ気味で、すぐ息切れがし、動悸が起こり、はては不眠や食欲不振におちいります。
こんな症状になると、からだは盛んに心臓に信号を送ります。心臓は症状を改善しようとして自らに負荷をかけ続けるので、心臓に肥大が起ります。激しいスポーツの選手も心臓肥大になりますが、普段は脈がゆっくりしていて病的とはいえません。
心臓の拍出量は脈拍と一回に送り出される血液量の積で決まり、このうちどちらかが減少すると拍出量は減少して上記の症状が出てまいります。また拍出量は心臓の収縮性と前負荷、後負荷の三つの因子に依存しております。前負荷は心臓に帰ってくる静脈血の充満度、すなわち、血液が心臓へ流れ込む時の量と流動抵抗を意味し、血圧測定時の下の値(最低血圧)がこれを反映しております。後負荷は駆出抵抗、血液が押し出される時の末梢血管の抵抗で決まる値です。
心不全になると、心拍出量の増加を維持しようとして代償機能が働きます。交感神経は緊張状態が続き、その結果循環血流量は増大しますが、心拡大、心筋肥大を発症してしまいます。
「センソ」のような強心剤は、心臓の肥大を起こすことなく収縮性を増し、心拍出量を一時的に増加させる結果、循環障害が改善され、症状が好ましい方向に改善されて行きます。また五疳薬を飲み続けていると、循環機能が向上し、酸素の摂取量も増大し、あたかも毎日適当な運動をして体を鍛えた時のような心臓になると言えます。六神丸はセンソ以外に効果を増強させる牛黄、麝香と真珠、消化機能を向上させる熊胆、それに強壮成分の紅参などが科学的根拠に基づいて配合されている五疳薬です。