おくすり千一夜 第二十七話 妊娠と薬による奇形

お薬の能書(効能書き)には、必ず「妊婦への投与」とか「妊婦・授乳婦への投与」という項目があり、あるお薬では「妊娠中や授乳中の投与に関する安全性は確立していないので、妊婦、妊娠している可能性のある婦人および授乳中の婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」とか「動物実験で催奇形作用、胎児毒性が報告されているので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと。また母乳中へ移行することがあるので、投与中の授乳は避けること」と記載されております。そこで奇形の発生過程についてお話しましょう。

お腹の赤ちゃんに対する薬の有害作用は、妊娠のごく初期で「奇形」が発生し易く、妊娠中期以後は、奇形が稀になり、色々な「機能の異常」が現れます。妊婦に投与された薬の胎児に対する影響は、一般的な有害作用とは異なる特徴があります。

まず薬は母親の病気の治療が目的ですので、胎児はその巻き添えになった犠牲者です。胎児は全てが未熟なことから母体では問題にならないような微量で障害が起こることがあります。発症の時期は妊娠初期、胎芽の時期が一番多いそうです。胎児は薬の毒性がごく弱ければ影響を受けず、強ければ胎内で死亡し、中程度の毒性のとき器官形成の異常、すなわち奇形が発生します。器官形成期を過ぎた後では形態の異常ではなく機能の異常が、授乳期では乳汁中の薬の乳児への影響が問題になります。

妊娠中に用いられる薬には貧血の薬、風邪薬、むくみの薬、胃腸薬などがあり、妊娠初期には風邪薬や胃腸薬が、中期以後は貧血の薬やビタミン剤が、後期ではむくみの薬などが使われます。 

薬の催奇形性と投与時期については、睡眠薬「サリドマイド」事件で詳しく調査され、全ての奇形は、最終月経後の日令で34~54日、受胎後日令で20~40日の間という非常に狭い期間に集中しておりました。ですから、受胎日令後大体15~40日という非常に狭い期間だけ薬を飲まなければ、奇形の問題は殆ど無くなると言えます。

薬が催奇形性を発揮するには胎盤を通過しなければなりません。胎盤通過性には、薬の性質が大きく関与し、一般に分子量が小さく、脂溶性があり、血漿蛋白結合率の低いもの程、大きくなります。以下奇形や機能異常の具体例をご紹介しましょう。

妊娠前に排卵誘発剤を用いた多胎妊娠(五つ子)は有名です。妊娠初期では抗癌剤、睡眠剤、抗てんかん薬、経口糖尿病薬、副腎皮質ホルモン、それにアスピリンで奇形の発生が報告されています。妊娠中期以後では、奇形ではなく機能異常が主で、合成黄体ホルモンで女児に男性化が生じ、合成卵ほうホルモンで膣癌が、テトラサイクリンで骨の発育障害と歯の黄色化が、アミノグリコシドで聴覚神経に障害が、妊娠末期ではトランキライザーで鬱症状が認められました。最後の授乳期では、抗甲状腺剤や放射性ヨードで甲状腺腫と甲状腺機能低下が、抗癌剤で骨髄抑制が、モルヒネで禁断症状や呼吸抑制が発症しましたので、投与中止か、授乳の差し控えが必要になります。病院や診療所でお薬を頂いたら、必ず医師や薬剤師の先生から、詳しい説明を受けましょう。

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妊娠・授乳と薬

妊娠中や授乳中であっても、薬を使用しなくてはならないことがあります。しかし、薬の詳細が書いてある添付文書に、『妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。』旨、記載している例も多く見られます。薬の説明書を読んだ妊婦さん、授乳婦さんはたいへん不安になります。

実際、どの程度の危険性があるのか、気になるのは当然です。具体的にどのような根拠で書かれているのか、一例を示します。

点眼薬のインタビューフォーム(製薬会社が作る詳しい薬の解説書)に、『ラットに経口投与したとき、ケトチフェンフマル酸塩は母乳中へ移行する。血清中濃度よりやや高値であった(ラット:経口)。』と書いてあります。製薬会社としては、何かが起こると困るので、大きく予防線を張ります。ここに書いてあることが事実であっても、点眼薬から母乳中に移行する量については言及されていません。

このような事例が多くあって、薬剤師や市民を悩ませていましたが、汎用されている「今日の治療薬」では2018年以降、米国FDAと豪州ADECを、その後、Briggs基準、Mother’s Milkも参考にしたカテゴリーが記載されるようになりました。

ちなみに、2022年版によると上記の点眼薬は、「妊娠中の投与に適する」「授乳婦(乳児)には概ね適合」となっています。