おくすり千一夜 第二十九話 二重目隠し試験でないと薬の効き目はわからない!
薬の歴史を紐解くと、薬のはやり・すたりに三つの場合のあることが分かります。第一は効くと信じられていた薬が、実は余り効かないことが分かった場合で、カンファーやビタカンファーがそれです。戦前は亡くなる前に必ずお世話になった薬です。第二は効果より毒性や有害作用の方がはるかに強いことが分かって消えた薬で、代表的なものにキノホルムとサリドマイドがあります。第六薬局方註解にキノホルムは消化管からは吸収されないとはっきり記載されていました。第三は薬効はありますが、優れた薬の出現で淘汰されつつある薬でベルベリンと抗生物質の様な関係を言います。
いま、巷には非常に多くの保険薬や健康食品が溢れています。それらは本当に効くのでしょうか? またどのくらいの効果を期待して良いのでしょうか。薬や食品の効くか効かないを定性的ではなく、定量的に確かめる方法に「二重目隠し試験法」があります。この方法は、現在最も信頼できる試験法です。
具体的な内容をお話しましょう。まず似た症状をもつ患者さんに被験者になってもらいます。被験者の人数は多いほど正しい結果が得られます。此の人たちを二つにグループに分け、一方のグループには本物(実薬)を、もう一方にはにせ薬を飲んでもらいます。一定期間経ったら今度は反対の薬を飲んでもらいます。これをクロスオーバーといいます。この時、薬を扱う医師も被験者も、どちらが実薬でどちらがにせ薬か分からないようにしてあります。これを二重盲検とか二重目隠し法と言います。試験にはコントローラーと称する管理者がいて、試験が終わるまで内容を公開いたしません。こうすることで特定の薬に効くことを期待する効果、予期効果や自然治癒を除くことができます。
これまではどうして決めていたのでしょう。お隣中国では、薬に関して永い歴史がありますが、全て使用経験で判断し、比較試験は実施しておりません。確かに発熱や下痢のように薬を飲んだ本人が直接判断できる症状もあります。治れば、その薬のお陰だと思うのはごく自然です。しかし、風邪のように薬を飲まなくても治る疾患や、良く養生した結果、治癒する場合もあります。効果のないにせ薬でも先生から「良いお薬ですよ」と言って、渡されれば効いてしまうことが多々あります。これを暗示効果といいます。暗示効果で病気が治った場合、患者さんはその薬や食品で治ったと信じて、それを他人に勧めるものです。これが保健薬、とくに健康食品で病気が治ったという体験談として新聞やチラシに見られるもので、その殆ど全てに科学的な根拠が見つかりません。
このように「使った、治った、効いた」と考えることを三つの「た」つまり「三た論法」と言います。此の方法で効くと判断されたものの中には予期効果や暗示効果で治った部分が多分に含まれているので、効くと判断することは危険です。
三十年程前から医療用医薬品(医師の処方箋がないと買えない薬)には、二重目隠し試験が義務付けられました。しかし、最近までの二重目隠し試験は、多施設での少数症例の試験が殆どで、一人の先生が扱う被験者は必ず二の倍数で数も少なく、先生自身が謎解きでもするようにどちらが実薬かを詮索する結果、二重目隠し試験の意味がなくなり、信頼性に欠けるとして、アメリカやヨーロッパからは評価されませんでした。数年前からは、厚生省の強力な指導でようやく国際的に信頼される二重目隠し比較試験が、実施されるようになりました。