おくすり千一夜 第三十四話 幸福医療・歯牙移植とは

中年を過ぎると歯が気になります。気がついたら奥歯が虫歯になっていたという事はよくあります。前歯の色も茶渋で染めたように色がくすんできます。白さを保とうと歯を磨けば表面の琺瑯質を削ってしまいます。男性はともかく、ご婦人方にとっては何時までも白い美しい歯でありたいと願うのは自然な願望と言えましょう。

そんな願いを受け入れるような講演の演題を学会で見つけました。題して「幸福医療と歯牙移植」、さっそく内容を紹介しましょう。

最近の歯科診療は虫歯の治療や、入れ歯だけではありません。抜け歯の後の顎の骨にハイドロキシアパタイトという骨と同じ成分で、歯の土台になる杭を埋め、この杭に歯を接着させる方法が開発され、「インプラント」治療として普及しております。これまでの抜歯の両隣の歯に冠をかぶせてブリッジにする方法は、噛むと健全な歯に不自然な偶力が架かりますが、顎に直接歯を植えるので進歩した治療法といえます。
この方法で分かった欠点は、顎の骨に直接歯を植えるので、ものを噛むと今までと違って顎や頭に響くというのです。

歯は顎の骨から直接生えているわけではありません。歯と顎の骨との間には歯根膜という生きた膜があって、これがクッションの役目をしているのです。食べ物の美味しさは味だけでは決められません。舌ざわりと共に「歯ざわり」が大きく味に影響していたのです。

そこで考えられたのが、かみ合う相手のなくなって遊んでいるご自分の歯を必要な所に植え替える技術です。これを歯牙移植といいます。歯も植え換えがきくのです。

虫歯になって穴があくと、歯の神経を抜き、そこに詰め物をする場合があります。こうすることで歯はさらに十年も二十年ももつものです。神経を抜けば歯は半分死んでしまったと言えます。半分の意味は先程の歯根膜が生きているからです。最近、歯を植え替えても、歯根膜は立派に生きていることが証明されました。

総入れ歯で気味悪いほど良く揃った白い歯を見かけますが、カチカチ音をさせて物を食べているのは何となく不自然です。

やはり自分の歯で物を噛んで食べることの幸せが再認識され、八十までは自分の歯を二十本残そう。いや死ぬまで二十本残そうと言う運動が起こっております。近頃は虫歯になっても出来るだけ抜かずに治療する方向にあります。

歯を長持ちさせるには、歯を鍛える必要があります。少々硬いものをぼりぼり食べて、歯に刺激を与えるのが一番です。歯だけではありません。歯を支えている歯茎(はぐき)を鍛える必要があります。歯茎の中には歯槽骨があってこれが歯を支えているのです。歯茎を刺激しないと歯槽骨が退化し、歯の根もとが露出してきます。ですから朝夕の歯磨きは歯を磨くのではなく、歯茎のマッサージが大切です。歯石は定期的に取りましょう。練り歯磨には界面活性剤と研磨剤が入っていますので頻回に使ってはいけません。歯は酸に弱く、虫歯菌は酸が大好きで、歯に付着した食物を分解し酸性物質を量産します。寝る前は口をすすぎましょう。暇があったら歯茎を鍛えるべく歯ブラシ文二郎になりましょう。ご自身の歯はその人を若く健康に見せます。本当の美しさは自分の歯でないと生まれてきません。

インプラントその後

この移植技術は急速に進歩して、総入れ歯では入れ歯を固定するために、上に磁石の付いた杭のようなものを、上下の顎に埋め込み、入れ歯にも磁石を埋め込むことで、総入れ歯が上下の顎にしっかり固定され、固いものでも楽に噛めるようになったそうです。

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鬼さんの歯科事情

自らを歯ブラシ紋二郎と称し、いつも歯ブラシをくわえていた鬼さんの歯は、90才を超えた今も健在です。虫歯はあっても、差し歯やインプラント、入れ歯のお世話になることなく、自分の歯で食事を楽しんでいます。歯医者さんで抜いてもらった「親知らず」以外に、抜けた歯はないそうです。

年に数回、定期検診を受けて、早期発見・早期治療に務めている事が、功を奏しているのでしょう。小鬼も見習って定期検診に行くようになりました。

ちなみに、鬼さんは昔から歯磨き粉をほとんど使用しません。虫歯予防の必須アイテムではない、ということが実証されたわけです。ただし、着色だけはどうにもならなかったそうです。