おくすり千一夜 第三十五話 瘀血の証と高圧純酸素療法

お年を召した方の多くに肩凝り・神経痛・手足のしびれ・五十肩・不眠・便秘・下痢などの不定愁訴が見られます。 漢方ではこれらの症状をすべて「瘀血」と称し、陰陽虚実の証に応じて、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、当帰芍薬散のような「駆瘀血剤」を処方したり、鍼や灸をすえる治療をします。 瘀血の症状は更年期の不定愁訴に限りません。痔、霜焼け、どす黒い顔や舌も 瘀血の症と見なされます。これ等の症状は全て血液の循環不全即ち、血の巡りが悪いことから来る酸素不足に由来するもので、 体を暖め血行を良くする温泉療法は、泉質による効き目以上に全てに効果があります。

最近普及しつつある治療方法の一つに、潜水病の治療に使われる「高圧純酸素療法」というのがあります。潜水病は潜函病ともいわれ、水面下のような高圧下で空気を呼吸していて、急に浮上すると、体の中にとけ込んでいる空気中の窒素が十分排出されず、窒素が血液中に泡となって析出し血管を詰まらせてしまう、恐ろしい病気です。

潜函病の治療は、以前は患者を潜水時の水深まで潜水服を着けて沈ませ、徐々に浮上させて血液中の気泡を吸収させる「ふかし」をおこなっておりましたが、これをタンクの中でおこなうのが高圧純酸素療法です。加圧には空気でなくほとんど純粋に近い酸素を用います。

この療法が瘀血の改善に速効性のあることを、たまたま筆者が軽い潜水病でこの酸素療法のお世話になり、劇的な効果のあることを体験しましたので紹介しましよう。

「高圧純酸素療法」は厚さ5センチ程のプラスチックの円筒形の室内に患者が入り、呼吸する空気を酸素のみとし、しかも圧力を30分かけて、3気圧まで高め、この圧を30分保ち、最後はまた30分かけて常圧までゆっくり下げて行く治療法です。純酸素3気圧の中にいると、血液中の溶存酸素量は一時的ですが十数倍になります。 ですから体が酸素を要求しなくなり、心臓が働く必要がなくなって、不整脈が起こる場合もあります。この療法を繰り返すと潜水病だけでなく、 血液の循環不全に由来する疾患に予想以上の治療効果を発揮する可能性のあることがわかりました。筆者の症状は軽いもので、両手の指にしびれが出た程度で、この治療を受けましたが、潜水病発症以前からあった膝や腰の痛み、それに丁度始まった五十肩が嘘のように消えてしまいました。 今後適応症が発展してゆく治療の一つと考えられます。

「高圧純酸素療法」の良い面のみをお話しましたが、人類は発祥以来この地球上で酸素20%、窒素80%それに少々の炭酸ガスからなる、均衡のとれた大気を吸って生きてきました。呼吸も、血液循環もこの条件に適応して活動して来ましたので、このような環境から大きくかけ離れた状態、上述の純酸素が長く続くと酸素中毒になってしまいますし、普段燃えないと考えられてきた鉄のような金属も勢い良く燃え尽きてしまいます。

それから人が呼吸したいという欲求は、炭酸ガスの濃度に依存しておりますので過呼吸をして体内から炭酸ガスを排出してしまうと、酸素が不足しても呼吸をしたいという欲求が起こらず、アノキシアという酸素不足状態になって失神してしまうのです。

地球環境とくに大気の状態が人間の生活に如何に大切かおわかりいただけたと思います。今、人類は石油という化石燃料を大量に消費しておりますが、将来が心配です。

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高圧純酸素療法の保険適応

令和4年度の診療報酬改定では、次の救急適応疾患が示されています。

1.急性一酸化炭素中毒その他のガス中毒(間歇型を含む)
2.ガス壊疽
3.空気塞栓または減圧症
4.急性末梢血管障害
a 重症の熱傷または凍傷
b 広汎挫傷又は中等度以上の血管断裂を伴う末梢血管障害
5.ショック
6.急性心筋梗塞その他の急性冠不全
7.脳塞栓、重症頭部外傷もしくは開頭術後の意識障害または脳浮腫
8.重症の低酸素性脳機能障害
9.腸閉塞
10.網膜動脈閉塞症
11.突発性難聴
12.重症の急性脊髄障害

また、非救急適応疾患としては
1.放射線または抗がん剤治療と併用される悪性腫瘍
2.難治性潰瘍を伴う末梢循環障害
3.皮膚移植
4.スモン
5.脳血管障害、重症頭部外傷または頭部術後の運動麻痺
6.一酸化炭素中毒後遺症
7.脊髄神経疾患
8.骨髄炎または放射線壊死

があげられています。残念ながら肩こりに保険はききませんが、様々な症状に効果があることが分ります。