おくすり千一夜 第一話 はじまり はじまり
世の中には色々な「評論家」という職業があります。政治評論家、経済評論家、教育評論家、軍事評論家等々。医の世界にも医事評論家というのがあり、水野 肇氏のようなな方がおられましたが、不思議なことに「薬事評論家」という職業も、これを標榜する人も見たことがありません。強いて挙げるならば元東大講師の故高橋晄正氏くらいなものでしょう。
では何故、薬事評論家が存在しえないのでしょう。
昭和三十年代に活性ビタミンや保健薬を高橋氏が批判し、大きな社会問題になったこがありました。テレビ討論での高橋氏と製薬メーカーとのやり取りの中で、メーカーの主張に「薬の有効無効に関する評価は学会の席上で」というのがありました。一見尤もな主張ですが、我が国では市販されている製品の比較評価は学会発表も、学会誌掲載も稀で、殆どは投稿を拒否されてしまうのです。
あれから三十余年、日本で開発された医薬品の多くは、その基礎となる臨床試験の方法が信頼できないとして、外国へ輸出するときは全ての臨床試験を輸出国でやり直すのが常でした。
最近になって国際的に評価される臨床試験をという動きがでて、法律が改正されました。アメリカでは昔から「Drug Evaluation」(薬品評価)という表題の書籍が出版されておりますが、日本ではそのような書籍は存在しません。
ようやく1986年から「正しい治療と薬の情報」( The Informed Prescriber )という月刊新聞が発刊されるようになりましが、医療関係者以外には目の届かない存在です。
「正しい治療と薬の情報」について
『正しい治療と薬の情報』は「薬のチェックは命のチェック」と一本にまとめられ、2019年からは「薬のチェック」として刊行されています。(小鬼)
新聞やテレビには、毎日のように健康食品やOTC薬の宣伝や解説が、クイズ形式でおこなわれております。OTCというのはオーバーザカウンターといって、薬局でカウンター越しに、医師の処方箋無しに買うことのできるお薬です。これらの宣伝や解説を眺めていると、大変気になる言葉が一つあります。それは○○は△△に良いとか、××に効くという言葉です。
良いとか効くというのは、定性的な意味であって、定量的な評価を意味するものではありません。しかし聴視者の多くはこれを定量的に効く良いものと判断しているようです。例えば「漢方薬は○○に効く。漢方薬には副作用がない」という表現をよく耳にします。内容を正確に表現し直すと「漢方薬は○○に効くといわれているが、西洋薬と比較すると効き具合はだいぶ劣る。副作用は少ない方剤が多いが、連用すると重篤な有害作用を示すものも稀ではない。」ということになります。健康食品では、もっと針小棒大な効果の暗示的表現が多いといえます。
「ココア」や「寒天」の効果が放送されたら、スーパーの棚から商品が一瞬にして消えたのはあまりにも有名な話です。
この放談集は、日常生活のなかで遭遇する医学・薬学的な事柄について信頼できる学会誌に報告された内容を分析し、分かり易い言葉で解説・論評を加えたものです。
私どもの身の回りには、常識の嘘や極めて非常識な事柄が沢山あります。漢方薬のうち、多年生の生薬には想像以上に発癌性の農薬が含まれていることが分かり、これを改善するのに輸出国側の言い分は十年を必要とするそうです。この内容を厚生省に訴えたところ、目下検討中との解答をえました。検討中とは大変便利な言葉です。この放談が少しでも読者のお役に立てば望外の喜びです。
なおこの放談も御蔭さまで二百話を越え、健康維持と薬に関する話題は一通り網羅できましたので、類似の話題は追補の形で逐次加筆しております。