おくすり千一夜 第三十七話 酸性雨とアルミとトランスフェリン
今年初め(1999年)のテレビで酸性雨に関する報道がありました。寒帯のアザラシの大量死が実は酸性雨が原因だったそうです。水が酸性になることで樹木が枯れるだけでなく、その地域のバクテリアや菌の繁殖状態が変化し、アザラシにだけ特異的に毒性を示す微生物が異常繁殖して大量死が起こったというのです。
それだけなら驚きませんが、我々に直接関係のある話も報道されました。酸性雨の多い地方ではアルミニウム脳症のようなアルツハイマー様痴呆症の発症率が高いという疫学的結果がでたそうです。 土の中のアルミが水中に溶けだしたことが原因らしいと言うのです。 解説は元東大教授の湯本昌先生です。
私共人間の脳には脳血液関門(Blood Brain Barrier )という関所があって、脳にとって好ましくない成分は通さないような仕組みになっております。
鉄は体にとって大切な成分です。馴染み深いものにヘモグロビンがあります。ヘモグロビンは血液の赤血球に含まれており、新鮮な酸素を組織に送り、老廃物である炭酸ガスを排出する重要な物質です。鉄が含まれるのはヘモグロビンだけではありません。赤い色をしていない血清という成分をはじめ、色々な臓器に存在しております。血清中では鉄分輸送タンパクであるアポ・トランスフェリンと結合して「トランスフェリン」の形で、また組織では貯蔵鉄タンパクと結合して「フェリチン」の形で存在します。トランスフェリンは鉄分を含んでいますが、脳血液関門を通過し脳の中に容易に到達できる物質です。
アルミニウムにも鉄と同じようにアポ・トランスフェリンと結合する性質があるそうです。一日の摂取量20mgの1%、0.2mgがアポ・トランスフェリンと結合することが分かってきました。
アルミニウムが酸性の水に溶けてできるアルミニウムイオンは、生体内、特に脳に存在する分子量の小さい水溶性のβアミロイドタンパクを重合させる性質があるそうです。重合して分子量が大きくなった高分子のβアミロイドタンパクは、脳の中で沈殿・析出し、老人斑と呼ばれる縞模様の変性組織を作り、脳の神経をダメにしてしまう恐ろしい毒性のあることが分かっています。
アルツハイマー様痴呆症といわれるボケ症状は、発症の初期に、このβアミロイドの大脳皮質への沈着が見られ、このβアミロイドの沈着が引き金となって神経細胞内に繊維のような物質が蓄積します。これを神経原繊維変化と呼び、神経細胞が次第に死滅して、人は痴呆になると考えられ、この一連の過程を説明しているβアミロイドタンパクカスケード仮説が提唱されております。
最近の研究によると人間のような寿命の長い高等な霊長類の脳ほど、それが高齢になればなるほど、βアミロイドの毒性に対して感受性が高くなることが分かってきました。ですからネズミやモルモットのような寿命の短い動物を用いた実験結果から、βアミロイドの神経毒性を過小評価することは間違いであることがことがわかってきました。
健康で腎臓の機能が正常な人にとっては生体内に入ってくるアルミニウムはさして問題ありませんが、腎機能の衰えた高齢者や糖尿病の患者さんにとっては、ボケ防止のためにアルミニウムの摂取は控えるべきでしょう。