おくすり千一夜 第三十九話 なぜ、いま、葛根湯なのか!
昨年末(1999年12月24日)厚生省医薬安全局から「サリチル酸製剤の15才未満の小児の服用はこれを認めない」旨通達がありました。その理由は小児におけるライ症候群とサリチル酸製剤との間に因果関係があるからだそうです。そこでこの問題の歴史的な経緯についてお話しましょう。
1963年、今から36年前オーストラリアの病理学者Reye氏らが原因不明の小児の疾患に関する論文を科学誌「Lancet」に発表し、世界中の医学者の注目を集めました。
1980年、4つの疫学調査でライ症候群にサリチル酸が関与していることが指摘され、新たな薬害事件として、各国で政府、市民、医療関係者、製薬会社等を巻き込み、大きな議論を呼び起こしました。この病気の特徴は、小児が、カゼ、水痘(水疱瘡)、インフルエンザ等の軽い感染症に羅かり、いったん軽快した頃に突如として嘔吐や興奮状態となり、昏睡、ときに痙攣など重篤な脳障害を起こして、短時間で死亡する病気です。
1982年、米国保健省長官は「アスピリン系の解熱剤を水痘やインフルエンザに使用すると、ライ症候群になりやすい」という警告文を公表しました。この報道に対し、製薬メーカーから公正を欠く内容であると反論が出て、これが国民的規模の論争になりました。そこで米国の小児科学会は、上述の4つの論文を検討し、結論として「臨床的、疫学的証拠にもとずき、水痘の小児またはインフルエンザが疑われる小児に対しては、普通の場合アスピリンを処方すべきでない」という勧告文を小児科学会の機関誌に掲載いたしました。
1983年になると、ライ症の発生は調査始まって以来の最小値を示し、翌1984年、保健省がアスピリンを服用しないよう呼びかけるキャンペーンをおこなったところ、1985年にはそれまで発症者数が年間600~1200人だったのが90人台にまで激減してしまいました。
我国における本症の対応はどうなっていたのでしょう?。
1982年、厚生省は山下文雄氏を長とするライ症研究班が組織され、アンケート形式の調査を実施致しましたが、調査内容については未公開のまま、単に「我国の調査では本症とアスピリンの関連性は立証出来ず、本症の原因は不明である」とのみ報じております。
それから17年が過ぎ、我国にも米国の情報が徐々に浸透し、小児にはアスピリンが使われなくなりました。アスピリンに代わって使われているのはアセトアミノフェンです。現在、我国でもサリチル酸製剤に代わってアセトアミノフェンが市販の総合感冒薬等に使われておりますが、アセトアミノフェンについても WHOを含む先進諸国共同編集の国際的月刊新聞「The Informed Prescriber」の1995年オーストラリア版に「小児におけるアセトアミノフェンの使用」という表題で次ぎのようなことが述べられております。
即ち「軽い急性感染症や外科的処置、三種混合ワクチン注射後の不快感軽減のため、アセトアミノフェンが一般に使用されている。心不全や呼吸不全を合併している患者の解熱にアセトアミノフェンを使用するのは適切である。しかし、心や肺に合併症のない患者に解熱や熱性痙攣予防の目的でアセトアミノフェンを使用することを是認する根拠はほとんどない。アセトアミノフェンは感染を延長し、軽症の疾患での抗体産生反応を抑え、重篤な感染症での羅病率や死亡率を増加させる可能性がある。」 さらに昨年11月の日本のThe Informed Prescriberには、「解熱剤は基本的には不要」の意味について、という解説が載っております。
上述の歴史的な経緯が示すようにカゼに解熱剤を使うと、返って病気を長引かせたり悪化させることが、最近の病理学や免疫学の研究から明らかになってきました。ならば私達はこれからカゼにどう対処したらよいのでしょう。
その前に風邪についてお話します。カゼ即ちかぜ症候群の90%は、インフルエンザウイルスによると言われております。残りの10%に、かぜに似た症状を呈するものに、1.中耳炎、2.扁桃腺炎、3.副鼻腔炎、4. 結核の初期、5. 肺ガンの初期、6.ヘルペスウイルス、7.急性腎盂炎、8.感染性心内膜炎、9. 急性心筋炎、10.気管支喘息、11.過敏性肺炎、12.薬物アレルギー、13. リウマチ熱、14.悪性腫瘍、15.日本脳炎、16.麻疹の初期、17.百日咳、18.ジフテリア、19.髄膜炎等があります。風邪が万病の元と言われる理由はこの辺にあるのです。
カゼの治療には対症療法と原因療法とがあります。対症療法とは発熱・頭痛には解熱・鎮痛剤を、鼻水鼻ずまりには抗ヒスタミン剤を、咳には鎮咳剤を組み合わせて服用します。しかしカゼの殆どはウイルス性ですから、カゼを予防するには人混みを避けることです。やもうえず出掛けるときはマスクをしましょう。インフルエンザワクチンの予防注射もありますが、最近の研究で余り効果のないことが分かってきました。
カゼは本来自然治癒する疾患です。かぜの症状、とくに発熱はウイルス感染に対する生理的防御反応として出現してくるものなのです。 ですから防御反応である発熱を薬で抑えてしまうことは武装解除するのと同じです。この事が認識されてきたのは極く最近です。
医師にこの内容を知らせても、「解熱剤を使用しないと患者が納得しない」とか、患者の中には「風邪は注射で治るもの」「注射をしない医者はダメな医者」という人が大勢おります。
その点、漢方の治療方法は全く異なります。病気の発病から死に至るまでの過程を六つに区分し、発症初期の病態を太陽病期と言います。カゼの引き初めは太陽病期に入りますので、葛根湯を初めとする幾つかの方剤が使われることになります。太陽病期の治療方針は自然発汗です。ですから漢方療法は解熱よりも自然発汗で解熱をもたらす治療法だと言うことを御理解いただきたいのです。自然発汗をより効果的にするためには前号でお話したように、水分の多い温かい物を沢山とって一汗かくことです。そうすればウイルスは熱に弱いのですぐ回復します。体を温めるには左党には熱い卵酒が一番、酒が駄目ならネギ味噌湯よし、ショウガ湯よし、梅干しと熱い番茶も良いでしょう。子供向けにはクズ湯も効果があります。
さて太陽病に用いられる漢方薬としては、健康で抵抗力もあり体力の充実している人(実証の人)には第一が葛根湯、それに麻黄湯、葛根加半夏湯、大青竜湯、小青竜湯があります。
病的ではありませんが、やや体力や抵抗力が劣り、虚していると言われている半健康の人(虚証の人)は頭痛、発熱、関節痛に加えて、腹痛、下痢、寝汗を伴い、この証の患者には桂枝の入った桂枝湯をはじめ桂枝加葛根湯、桂枝加黄耆湯、桂麻各半湯、桂枝二越婢一湯、小青竜湯が適当と言われております。風邪をこじらせた場合は少陽病期に入ったと判断され、柴胡桂枝湯が使われております。
また高血圧の方は葛根湯の成分である麻黄が血圧を高める方向に作用しますので麻黄の入っていない桂枝湯をはじめ桂枝加葛根湯、桂枝二越婢一湯、柴胡桂枝湯をお薦めいたします。このような漢方方剤がお手元にない場合、上述の温かい飲み物をたくさん召しあがって布団をかぶってゆっくりお休みになることです。
このような治療法は、漢方の考え方が二千年の時を経て改めて再認識されたことを意味します。カゼは汗をかいて治す病気なのです。二十一世紀の治療法は、神経と免疫能とホルモンのバランスを整える自然療法がより盛んになるでことでしょう。