おくすり千一夜 第四十二話 解熱・鎮痛剤を歴史的に眺めると

昨年末(1998年)、厚生省から「アスピリン系の解熱剤の小児への使用はこれを認めない」旨の通達がありました。そこで配置家庭薬やOTC薬で使われているこの種の薬品についてお話しましょう。

アセチルサリチル酸に解熱作用や抗炎症効果のあることが証明され、これが「アスピリン」という商品名で医療に使われるようになって、今年で百年になります。解熱剤の歴史を紐といて見ると、ある種のヤナギの樹皮に解熱効果があると知られており、1829年、その活性成分はサリシンと呼ばれる苦味配当体で、体内でサリチル酸に変わることが証明されました。

やがて合成されたサリチル酸製剤が高価な天然品にとって変わり、それから現在までアスピリン様作用を持つ数多くの新薬が開発されましたが、それらの中でp-アミノフェノール誘導体、具体的にはアセトアミノフェンだけが主に解熱・鎮痛剤として現在、欧米で広く使われております

またインドメタシンに始まる一群の新薬が、この四半世紀の間に用いられるようになりましたが、この種の薬は解熱や鎮痛よりも抗炎症剤として使われております。

これら薬物の作用機序についてお話しましょう。1971年、アスピリンとインドメサシンは極めて低濃度で、体の中で作られる生理活性物質プロスタグランジン類の生成を阻害することが分かりました。当時、発熱や炎症にプロスタグランジンが関与している事は、薄々理解されておりましたが、この説の正しいことが明らかになりました。いまから二十八年前のことです。アスピリンは緩和な鎮痛作用を示す薬物ですが、術後の疼痛緩和にはアヘンよりすぐれているとも言われております。

また全てのアスピリン様薬物には、解熱、鎮痛、並びに抗炎症の三つの作用がありますが、その効き方にはかなり差があります。例えばアセトアミノフェンは解熱・鎮痛作用に比し、抗炎症作用は弱いと言われております。

プロスタグランジンには胃酸分泌を抑え、胃を保護する粘液の分泌を促進する作用があるので、この種の薬物を服用すると、胃や腸に潰瘍ができ易くなります。さらに長期間の使用により、腎障害を起こす危険性もあります。

アスピリン様薬物の大部分は血漿タンパクと強く結合して、他の薬物をその結合部位から追い出す結果、血液抗凝固剤ワルファリンやスルフォニール尿素系血糖降下薬、抗癌剤メソトレキセートなどと併用すると重大な副作用を引き起こす危険性があります。

解熱・鎮痛剤については、これまでに多くの新薬が開発されましたが、重篤な副作用のあることが判って消えて行きました。アミノピリンやアンチピリンはピリン疹やアンプル風邪薬事件で有名です。この事件でピリン類が嫌われましたが、アスピリンはピリンではありません。ピリンとともに慢性関節リウマチに使われたピラゾロン誘導体、フェニルブタゾンや、その類縁化合物では、共通して強い致死的骨髄毒性である無顆粒球症を起こすことが判って使われなくなりました。解熱・鎮痛にはアセトアミノフェン、抗炎症にはインドメサシンが現在最も安全なのです。九月からインドメサシンがOTC薬として販売が認められるようになります。これも医療費削減対策のお蔭かも知れません。

◀︎◀︎表紙へ戻る