おくすり千一夜 第四十三話  鉄剤 と お茶

お薬には必ず用法という項目があって食前、食後、食間、就寝前とかいう説明がついているものです。この中で分かりにくいのが食間で、食前や食後は読んで字のごとくで、薬剤師は食事の前後三十分を意味すると言いますが、理論的な根拠の有るものばかりではありません。食間は最も空腹な状態で服用することが狙いで食事まで、前後二時間ほど空けることを意味しますが、これが食事をしている間の意味にとられ食中になってしまう場合があります。これでは指示した内容と正反対の服用時間になってしまいます。

またお薬と飲食物との間に相互作用があって併用が制限される場合があります。例えば貧血のお薬、鉄剤はお茶と一緒に飲むとお茶の中のタンニンがお薬の鉄分と結合して吸収されなくなるので、白湯で飲むよう指示の出ていたことがあります。それから、抗生物質の中でテトラサイクリン類という一群のお薬は、牛乳と一緒に飲むと牛乳の中のカルシウムがテトラサイクリンと結合して水不溶性になるので吸収されなくなるから併用してはいけないとされています。

この二つの事柄はどちらも定性的には正しいのですが、定量的には前者は誤りです。と言うのは、お茶の中に含まれているタンニンの量は極めて少ないので、たとえ鉄の成分が一部タンニン結合して、水に不溶なタンニン酸鉄が出来ても、殆ど問題になりません。ですからお茶で鉄剤を飲むことは一向に差し支えないのです。このような定量的評価が実験で裏付けられたのは、ごく最近のことなのです。牛乳中にはカルシウムが大量に含まれているので、併用すると服用した抗生物質の殆どが水不溶性のカルシウム塩になってしまい効果の現れないことがあり得るのです。どちらも現象としては間違っていないのですが、効果判定が大きく異なる結果となりました。

普通、お薬が効くというのは、定量的に評価して効果が有ることを意味します。一方、マスメディアに登場してくる医学番組の中の薬や生理機能に関するお話しはいずれも定性的な効果のみを謳っているものが殆どです。具体的にお話しますと最も悪質なのが、頭の毛生え薬です。消費者が期待しているのは、僅かに毛が生えたり濃くなったりすることではなくて、ふさふさとした緑の黒髪です。飲めばやせると言われるお茶、糖尿病に効くと言うココア、癌にならない数多くのキノコ類、どれも一面真実ではありますが、定量的に評価した時に効くとは言えないものが殆どです。

私共には、努力しないで、健康でいたい、老いたくない、美しくありたいと願う、虫のいい願望があります。この願望は営利主義、商業主義の絶好の的です。盲目の人が象の体の一部を触って色々な評価をするように、述べられている内容は一面真理ではありますが、極めて定性的であって、どれが定量的に評価できるのか、選別する知恵を身につける必要があります。筆者の嫌いな言葉に「健康食品」というのがあります。どれも定性的な薬理・生理的効果を謳っておりますが、加工することによって高価になるだけです。有機肥料と無農薬(殺虫剤)の虫食いの見られる野菜、曲がったキウリ、完熟トマト、新鮮な魚貝類、これらが私達の健康を本当に守ってくれる食品なのです。