おくすり千一夜 第四十五話 扁桃腺を空しうするなかれ!

定年になられた,ある先生の奥様からこんな相談を受けました。足の裏と手のひらに赤い湿疹ができ痒いので、掻いたら化膿してしまい、こんなにひどい状態になってしまったと見せていただきました。皮膚科で見て貰ったところ、「掌蹠膿疱症」との診断を下され、扁桃を手術すれば治るとのことでした。ご本人は手や足の裏が痒いだけなのに、腫れてもいない「扁桃腺」を切れと言われても納得行かないというのです。そこで別の病院の皮膚科で見て頂いたところ、同じことを言われたそうです。

一時は手術を覚悟し、入院もしましたが、どうしても納得できないので退院してきたというのです。主治医の先生からは、「我慢できるようでしたら薬をあげるから時々塗布してみて下さい。もう少し年をとられたら治るでしょう」とのことでした。処方されたお薬はそれぞれ化膿と炎症を抑える抗性物質とステロイドの軟膏でした。

たまたま、病理の先生の最終講義「病巣感染の病理」の中に「掌蹠膿疱症」の話が出て参りましたので、以下紹介いたしましょう。

よく風邪をひいたら扁桃腺が腫れたという言葉を耳にします。口や鼻や喉の奥には侵入してくる細菌やビールスをやっつける免疫防御機構が用意されています。この部分を「扁桃」といいます。考えてみれば、漢方で言う外邪が人間の体内へ侵入しようとしても、体表面は強固な皮膚で覆われており、侵入を許しません。唯一露出している所と言えば目と鼻と口くらいでしょう。目は常に涙で洗われて、廃液は鼻の方に落ちて行きます。侵入出来るとすれば鼻と口であり、特にその奥にある肺は表面積が広く膜が薄いので絶好の侵入口と言えます。

扁桃とは、この部位を守るために、喉の奥にあるリンパ性の細胞からなる器官を言います。形が扁桃、アーモンドに似ているのでこの名がついたそうです。

扁桃は、軟口蓋、耳管の付け根、舌の根元、咽頭にあり、それぞれ口蓋扁桃、耳管扁桃、舌扁桃、咽頭扁桃と呼ばれております。

扁桃は免疫の軍需工場で、その表面には小さな穴が沢山あり、口や鼻から入った細菌やウイルスが、この孔で繁殖し始めると、ここでサイトカインという起炎物質が作られ炎症が起きます。すると、その刺激で、外邪に対応したアイジージーやアイジーエムという抗体ができ、これが血液中に放出されて、応戦する仕組みになっているのだそうです。

外敵の侵入をいち早く感知し、防御機構を発動する扁桃は、まさに生体防衛の最前線基地と言えます。掌蹠膿疱症は扁桃の防御機構が過敏に成り、過剰に産生された免疫応答物質による障害と考えらます。ですから扁桃の組織を一部切除すれば過敏な状態は収まって、正常になり、再発しなくなるそうです。改善率は80%と言われております。また加齢に伴って過敏な状態は低下して参ります。奥様はこの事を認識されて手術はせず、しばらく様子を見ることになりました。

医学ではこのような疾患を「病巣感染症」と言い、体のどこかに原病巣があり、そこはほとんど無症状なのに、何の係わりもない他の臓器で病的な障害を起こすのだそうです。原病巣には扁桃を初めとして歯、副鼻腔、唾液腺、中耳、胆嚢、虫垂、前立腺、卵管等があり、二次疾患には皮膚炎、腎症、関節炎、心筋炎、リウマチ熱、口唇炎、眼の虹彩炎、それに慢性の微熱もあるそうです。

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