おくすり千一夜 第四十六話 癌の転移を漢方薬が抑えてくれたら!
最近、医薬大・和漢研の済木先生が興味ある研究を発表されました。ある種の漢方薬が癌の転移を抑えるかも知れないというのです。わが国ではいま死亡原因のトップが癌で、男性は三人に一人が癌で死亡するそうです。主な癌に胃癌、肺癌、大腸癌、乳癌があり、肉などの動物性食品の摂取が普及したことから、大腸癌が急速に増えました。癌の怖さは、癌が体じゅうに転移して大きくなり、痛みと機能障害を起こすので、転移をうまく防げれば、最初に出来た癌を切除するだけで十分であり、イボや瘤と同様、恐ろしい病気とは言えなくなるでしょう。現在使われている制癌剤は全て、癌細胞と同時に正常な細胞まで叩いてしまうので、副作用の少ない薬剤の出現が求められております。
癌は遺伝子の病気とも言われ、正常な細胞が、何らかの刺激で遺伝子に傷がつき、これが繰り返されることによって、悪性の癌になると言われております。また細胞が癌化しても、殆どの癌細胞は生体の免疫防御網に捕えられ、処理されてしまうので、転移に成功して腫瘍となるのは数千分の一と言われております。
さて霊芝をはじめ生薬の中には非特異的に免疫能を高めることが知られております。漢方薬では十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)と四物湯(しもつとう)と補中益気湯(ほちゅうえっきとう)という三つの方剤に癌の転移を抑える効果のあることが分かりました。面白いことに十全大補湯は十種類の生薬からなり、漢方の「証」で言うと、全身倦怠感があり、顔色が悪く、食欲のない陰虚の患者に使うお薬です。また四物湯は十全大補湯中の四種類の生薬のみからなる方剤ですので、転移抑制作用は四物湯の生薬中にあることが分かります。
ところが、もう一つの有効方剤・補中益気湯には四物湯の成分は一つしか入っておりません。そこで各方剤の免疫学的な解析が行われました。
転移の抑制は免疫細胞の活性化に基づくと考えられます。免疫系の細胞は我々を外敵や癌から守ってくれるミクロの防衛軍で、その中には色々な任務を持った細胞があります。マクロファージという細胞は侵入してきた細菌や異物を食べてしまいます。十全大補湯と四物湯はこの機能を高めることが分かりました。またマクロファージから情報を受取り、その抗体を作る細胞の能力を増強したり、これらを指揮するTーリンパ球の産生を高めます。また免疫力の程度はナチュラルキラー(NK)細胞の数で示されます。
二十日ネズミをつかって“ミクロの戦士”マクロファージ、NK細胞、Tーリンパ球のそれぞれを除去したネズミと、全てが揃った正常なネズミとに癌細胞を移植し、転移の程度を比較したところ、NK細胞を除いたネズミには効果があり、それぞれマクロファージとTーリンパ球だけを除いたネズミには効果がありませんでした。このことは十全大補湯と四物湯はマクロファージとTーリンパ球を活性化して癌の転移を抑えていることを意味します。
一方補中益気湯を使った同様の実験では、NK細胞を活性化して、癌の転移を抑えていることが分かりました。方剤で作用点の異なることが発見されたのは初めてで、今後このような研究が進めば、漢方方剤を上手に使って癌の転移を抑え、副作用で髪の毛が抜けたり、強烈な吐き気に苦しめられることのない薬物治療が出現するかもしれません。
今後の発展を期待したいものです。