おくすり千一夜 第四十八話 バイアグラを女性が使ったら?
昨年(1998)来、薬で話題を撒いているものに「バイアグラ」があります。この薬は男性の性的不能を治療するお薬で、ストレスに酒、タバコ、糖尿病等で不能を訴える中高年患者だけでなく、事故で下半身が麻痺した人に対しても時に効果のあることが知られており、従来用いられてきた特殊な物質の植え込みや、装着用具とは異なるものです。英国では1998年使用が認められ、我が国では未許可だったため、インターネットによる個人輸入品が、法外な値で取引されたりして、新聞を賑わしました。
このほどアメリカ・コロンビア大学のS・カプラン先生が女性に効果があるかどうかを臨床試験され、「バイアグラ」は女性には効き目が無いと泌尿器学会誌に発表されました。「バイアグラ」は性器の血行を高めるため、女性にも効果があるのではと考えられておりましたが、効果はなかったと報告しております。先生は「満足が得られない」など性の悩みを訴えて診察に訪れた閉経後の女性三十三人を対象に「バイアグラ」を試されました。性行為のおおよそ一時間前に服用してもらい、治療開始後三ヶ月目にアンケート方式の調査で効果を調べてみました。その結果、満足度の上昇や性欲が出たなど、何らかの効果が有った方は、八人で、全体の二十四%でした。
男性を対象にした「バイアグラ」の研究では偽薬を服用した場合でも二十五%に効果が見られていることから、先生は「効果があった女性は、薬本来の効果ではなく、薬を飲んだと言う暗示効果だった可能性がある」と指摘しております。「性器の血行が高まっても、女性の場合、性的満足には直結しないようだ」というのが先生の結論でした。
バイアグラは商品名で、一般名をシルデナフィルと言います。少々長くなりますが「選択的フォスフォジエステラーゼ阻害剤」で、勃起機能障害に対する最初の経口薬です。性的刺激に対して勃起が起こるのは、ペニスの海綿体中の細動脈血管平滑筋が弛緩するからです。海綿体は無数の空洞からなり毛細血管が分布しています。勃起は局所血管を支配している神経から酸化窒素(NO)が放出されることで起こります。NOは細胞内のサイクリックGMP(c-GMP)を増加させ、これが平滑筋に働いて血管拡張を起こします。c-GMPはフォスフォジエステラーゼによって不活性化され、作用が停止します。シルデナフィルはこの不活性化を阻害する物質です。ですから性的刺激がなければ、勃起を起こすことはなく、性的活力を増すものでもないと考えられます。
男性で行った大規模臨床試験では、用量依存的に効果があり、偽薬を用いた場合と比べて有為な差が認められました。副作用も比較的少なく頭痛、紅潮、消化不良、鼻閉が僅かに認められる程度です。他の薬物との相互作用については、強烈なものがあり、心筋梗塞に用いる有機硝酸剤ニトロを服用又は貼付している患者には併用禁忌です。
またこのお薬は薬物代謝酵素チトクロームP450によって代謝されるので、この酵素を阻害する薬物例えば抗潰瘍剤シメチジンや抗生物質のエリスロマイシンはシルデナフィルの血中濃度を五割から三倍近く高めますので、服用量は最小の規格のものから使用するのが良いとされています。また重い肝障害、低血圧、最近脳卒中や心筋梗塞を起こした人には禁忌な薬物です。勃起機能障害という疾患は加齢の伴う精神的・肉体的な要因が重なり合って起こるものであり、内分泌、神経内科、精神科泌尿器科からの総合的なケアーが大切です。