おくすり千一夜 第五十五話 無効無害主義とは?

薬の効果について行政が関与したのは明治以降です。少し歴史的に眺めてみましょう。明治6年(1873)に文部省に医務局が設置されたのが始まりで、当時我が国には製薬企業はなく、もっぱら薬は洋薬が輸入されておりました。

明治10年「売薬規則」が公布されました。この頃の売薬の多くは「よろずによし」の万能薬で、これを規制するのが目的でしたが、にわかに禁止できず、その結果、明らかに有害なものは、販売を禁止、無害無効のものはしばらく許可し、漸次淘汰してゆくことになりました。これを無効無害主義と言います。それから30年も過ぎて明治42年、無害有効な薬品のみを販売許可する方針がようやく発せられました。この結果、無効無害主義の考え方は90年後の現在でも随所に見ることができます。

医薬品の薬効と毒性について審査されるようになったのは戦後です。初めは簡単なもので、毒性試験は1種類の動物の急性毒性(半数の動物の致死量)のみが要求されておりました。その結果海外では許可にならない化合物が我が国では医薬品として認められる危険性が有り、有識者の間に「日本人はモルモットになっている」との噂が聴かれたものです。その後、サリドマイド、キノフォルム、アンプル入り風邪薬事件を契機として、毒性試験が細かく厳密に行なわれるようになりました。

一方臨床試験も簡単で、一つの効能に付き、二ケ所以上の医療機関で、計60症例以上の治験、それもオープン試験を行なえば良かったのです。ですから日本で認められた医薬品の薬効は信頼性に欠けるとして、海外で販売する場合には、改めてその国で治驗を実施することが最近まで続いておりました。
1996年国際的に通用する評価システムが完成し、これで認められた医療用医薬品については信頼できる状態になりました。

しかしそれ以前に認められた医療用医薬品と一般用医薬品の中には再評価が実施されましたが、相変わらず無効無害主義の範疇に入ると思われる医薬品が見られます。

医療用医薬品からお話しましょう。最も大きなものに一連の「脳代謝改善剤」がありました。これが一年間に8000億円も使われていたのです。遅ればせながらとは言え、厚生省の勇断に拍手を送りたいと思います。後で効かないと評価されても、犯罪を構成しないのが医薬品の不思議なところです。作意や悪意がなければ罪にはならないということでしょうか。

次は医療用にも一般用にも認められている薬に「消炎酵素剤」があります。消炎酵素剤はいずれも分子量が2~3万もある蛋白分解酵素、このような高分子の物質が口からの飲んで、活性を失うことなく、消化管から吸収され、炎症をおこしている部位へ到達することなど考えられません。効果を肯定している生化学者は一人もおりません。根拠となる試験はアイソトープ(同位原素)で見たら吸収されたというもので、活性を維持していることにはなりません。動物を使った薬理試験を追試して見ましたが再現性がありませんでした。

もう一つ摩訶不思議な薬物に2-アミノエタンスルフォン酸というアミノ酸があります。ドリンク剤の中には必ずと言ってよい程含まれ、含量が年々増加しております。世界的に権威のある薬理書「グッドマンギルマンの薬物治療の基礎と臨床」には最近まで一言の説明も無い薬物でした。無効無害主義の亡霊は今も生きていると言えます。

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タウリンは無効無害?

2-アミノエタンスルフォン酸(一般名タウリン)の研究の歴史は古く、1827年にウシの胆汁中から発見され、日本では医薬品として1987(昭和62)年に肝臓及び心臓に対する効能・効果をもって承認、発売されました。

医薬部外品には多く用いられていましたが、薬価収載は2007年です。効能効果は、高ビリルビン血症(閉塞性黄疸を除く)における肝機能の改善、うっ血性心不全、さらに2018年になってミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作(MELAS)症候群における脳卒中様発作の抑制が追加されました。

インタビューフォームには【高ビリルビン血症では「改善」以上で本剤投与群:75.4%(49/65例)、プラセボ投与群:58.9%(43/73例)と数値的に本剤投与群が優れていた。】とあり、薬がなくても6割近くが改善するところ、飲めばさらに16.5%効果が上がる薬だと理解しました。効果が穏やかな反面、副作用も少ないようです。

また、遺伝子変異でタウリンの修飾欠損が起こる、ミトコンドリア病のMELASには、希少疾病用医薬品として指定されています。タウリンの大量投与で発作が抑えられる、これは朗報です。