おくすり千一夜 第六十話 打ち身は冷やしますか、暖めますか
「買ってはいけない」本を買って讀みました。中々鋭い製品批判に感服致しました。幾つかの内容に賛意を表しかねる所があるので以下述べさせて頂きます。
最初は、140頁の「冷やしてもケガは治らない」の項目の中で「炎症とはケガに対する治療反応で、これを冷やしたり抗炎症剤を使うと、一時的に炎症症状を抑えることはできても、ケガそのものは治りにくくなってしまう。」という解説がありました。この考え方は正しいと思います。次に「ケガは特に冷やさず、また暖めもせず、保温することで十分である。」冷やすことは「炎症という治療反応を抑えてしまい、かえって逆効果だ。」「湿布薬はもちろん、氷で冷やすことも良くない。」という文章です。打撲、捻挫、挫傷にも色々な程度があって、内出血や腫れがひどい場合は局所の冷却は簡便な応急処置と考えます。
このことについて筆者の体験を述べさせて頂きます。山岳スキーで滑落し左大腿背部を挫傷してしまいました。痛みが治まったのでそのままスキーを続け、夕刻、麓のホテルにもどってからサリチル酸メチル入りの湿布薬を貼って休みました。翌朝自分の太股をみて愕然といたしました。左太股部裏表全体が内出血で紫色になっているのです。更に驚いたことに三枚貼った湿布薬の所だけが自然な皮膚の色に戻っているではありませんか。サリチル酸メチルの消炎作用と内出血吸収能にこれ程歴然とした効果が見られた症例を見たことがありません。打撲部位は筋肉の断裂で、リンパ液を含んだ大きなぶよぶよのコブになっておりました。このコブの滲出液を針で抜くべきか迷いましたが、抜かずに放置することに致しました。以来三十年未だにコブを握ることが出来ます。これで良かったのかどうかは、比較できないので分りません。
それまで貼付剤などと言うものは、単なる気休めの薬と考えていましたが、効果を見直した一例です。
現在の治療法は初期症状が冷却で治まったら、暖めるのが常識です。野球選手の打撲部位やピッチャーの肩を一時的に冷やすことがそれ程間違った行為かどうかは筆者は疑問に思います。
消炎剤なるものを全て否定するのも如何なものかと思います。より正確な評価を行なわないと、読者、消費者が「買ってはいけない」本の全ての内容に疑心暗鬼になってしまう危険が有ります。
その具体例として148頁の正露丸についてお話しましょう。正露丸には自らの使用経験で信者になった人達が大勢おります。その人達に「買ってはいけない」の記述を理解させるためには、より詳しい情報が必要でした。たまたま9月10日発行の月刊紙「正しい治療と薬の情報」別名The Informed Prescriberに「正露丸の安全性(危険性)について」と題して、浜六郎氏の総説が掲載されておりました。
正露丸信者に、この論文を讀ませたところ漸く納得されたようです。主成分クレオソートは木を乾溜して採れる成分という美しいイメージがあり、それが昔、石炭酸と呼ばれていたフェノールやクレゾールを含む消毒剤、蛋白変性剤と同じものであるといくら説明してもすぐには理解してもらえませんでした。経験と言うもののしぶとさを感じた一件でした。