おくすり千一夜 第六十七話 ソリブシン事件で思うこと

ソリブジンというお薬は、帯状庖疹の特効薬として発売された抗ウイルス剤です。このウイルスは子供の頃に罹る水痘(ミズボウソウ)のことで、一度水痘になると免疫を獲得して、二度と罹らないと言われております。

一部の人ではウイルスが脊髄や神経節内に生き残り、その人が歳をとったり、癌になったりして、免疫機能や抵抗力が落ちてくると、神経に沿った皮膚や粘膜の所で、いわゆる帯状庖疹を発症します。出てくる所は主に、腰やお腹の回り、太股の辺りが多いようで、帯状の水膨れができ、時に痛みを伴います。

治療薬にはアラエー(Ara-A)とかアシクロビル(Aciclovir)のような薬剤が使われておりますが、ソリブジンはこれらの薬より遥かに優れた効能を持つとものとして登場してきました。

御存じのように、ガンの患者さんがフルオロウラシルという抗ガン剤を飲みながらソリブジンを服用したところ、フルオロウラシルが代謝されなくなって、致死的な副作用が発現し、十数名の患者さんが亡くなられました。これがソリブジン事件ですこの事件に対する企業の姿勢や、厚生省の対応のまずさから、ソリブジンは市販されることなく姿が消えてしまい、日本における薬害の代表的事例となりました。

普通、薬が消えて行くのは主に、サリドマイドのように薬そのものの副作用が強烈な場合か、より優れた薬剤が登場してきた時です。ソリブジンは言葉を変えれば、併用薬物の代謝阻害剤・副作用増強剤だったのです。しかも相手の薬物が副作用が少なく、広く長期にわたって服用されてきた抗ガン剤だったのです。

ソリブジンを単独で使用した場合、その効果はアラエーやアシクロビルより優れていることは、ウイルス学の専門家も認めているところです。

これに良く似たものに、アルコール代謝阻害剤で嫌酒薬で有名な「アンタビュース」というお薬があります。十年程前、アンタビユースと同じ作用を副作用に持つ抗生物質が同時に二つ発売されました。筆者は当時病院薬剤部に籍を置いており、代謝阻害はお酒(エチルアルコール)以外のアルコール類にも及ぶと予想し,採用を拒否したことから、医師やプロパーの方から「鬼」という名誉な渾名を頂いてしまいました。

この抗生物質、どちらもチオメチルテトラゾール基という分子の枝を持ち、これがアルコールの代謝を阻害して体の中にフォルマリンと同類のアセトアルデヒドという毒物を蓄積させ、お酒を飲むと大変不愉快になり、お酒の量によっては死に至ることも有ると言われておりました。この薬剤の場合は厚生省は医薬品として認め、新薬に採用されましたが,今は淘汰されて見あたりません。

もしフルオロウラシルよりソリブジンの方が先に開発されていたらどうでしょう恐らくソリブジンは広く使われていたと思われます。そしてこんどはフルオロウラシルが悪者にされていたのではないでしょうか。何故なら毒性そのものはフルオロウラシル自身から出ているのですから。厚生省は一度認めた薬の販売を禁止することは,余程のことで,最近の薬害事件がおこるまで有りませんでした。ソリブシンの開発が先なら、許可を取り消し、フルオロウラシルに許可を与えることはしなかったのではないでしょうか。読者の皆さんはどう思われます?

◀︎◀︎表紙へ戻る