おくすり千一夜 第七十一話 インフルエンザウイルスにも新薬が

平成6年、予防接種法が改正され、インフルエンザワクチンに接種義務がなくなり、これを推奨する程度になりました。その理由は「流行を阻止する程の効果は証明されなかった」からです。厚生省は今でも「インフルエンザ予防の最大の手段はワクチンである」としながらも、集団予防の有効性を裏づけるデータを持ちあわせていなかったのです。

ではなぜ「有効性を証明できない」のでしょう?。第5話でもお話しましたが、インフルエンザは素早く変身して新種のウイルスになります。新種のウイルスを予測し、対応するワクチンで正確に狙い撃ちすることは、事実上不可能です。また予測が当たったとしても、ワクチンの効果は少ないとする疫学調査も出ています。だとすると、私達は何処かで毎年流行するインフルエンザウイルスの猛威に怯えながら過ごすしかないとすれば、これは大変なことです。

厚生省は対策を模索し、昨年すみやかにインフルエンザの治療薬を承認しました。この薬は塩酸アマンタジンといい、パーキンソン病の薬として使われておりましたが、A型インフルエンザウイルスの増殖を抑える作用も認められたのです。この塩酸アマンタジンに対しても耐性(薬が効かなくなること)を持つウイルスが増えつつあり、それが海外では50%にも達したとの報道もあり、問題になっています。

近く、塩酸アマンタジンとは異なる機構でウイルスの増殖を抑える新薬が承認されようとしています。このお薬はザナミビルといいます。どのようにインフルエンザを撃退するのか、説明いたしましょう。

第5話でも説明しましたが、ウイルスは普通の細胞と異なり、遺伝情報(RNA)とそれを包む膜しか持っていません。この膜の表面には、様々な蛋白質が機能していて複雑な構造になっております。この膜蛋白質にウイルス感染の謎を解く鍵があるのです。

全てのインフルエンザウイルスの膜表面にはHAとNAという2種類の酵素機能を持った蛋白が存在します。感染時は、まずヒトの粘膜細胞表面にあるシアル酸と呼ばれる部分と、このHA蛋白とが結合します。ウイルスはこの結合を使って細胞の中に侵入することができます。細胞内に入ったウイルスは、その細胞の蛋白合成機能を利用して、自分と同じウイルスをどんどん複製し、最後は細胞膜を破って脱出します。しかし脱出時、侵入に利用したシアル酸とHA蛋白の結合が邪魔になります。ウイルスは今度はNA蛋白を使ってこの結合を切り、自由の身になって新たな細胞を目指すと云われております。ザナミビルはこのNA蛋白の機能を阻害します。

その結果、ウイルスはシアル酸とHAの結合に縛られて、動きがとれず、その結果感染力が低下するのです。このザナミビルはNA蛋白に作用するため全てのインフルエンザに有効です。一方、前述の塩酸アマンタジンはA型ウイルスの膜だけに存在する特定の蛋白の働きを阻害して、ウイルスの増殖を抑えます。従って、A型以外のウイルスには塩酸アマンタジンは効かないと言われております。

追補 1 : 2005年現在、この種の医薬品はタミフルが主流になりました。タミフルはリン酸オセルタミビルの商品名でプロドラッグであり、代謝され活性体になります。活性体はヒトA型、及び、B型インフルエンザのノイラミダーゼを、選択的に阻害し、新しく形成されたインフルエンザウイルスが感染細胞から遊離することを阻害し、ウイルスの増殖を抑制します。 副作用についてはすでに報告されているもの以外に異常行動が話題になっています。

追補 2 : 2006年9月29日  厚生労働省は28日、インフルエンザワクチンの接種による副作用が疑われる症例として、2005年度は102人報告され、うち4人で感覚障害などの後遺症があったと発表しました。 死亡も3人いましたが、専門家による検討会は2人を「因果関係は評価できない」、1人を「因果関係なし」と認定しています。同省は「新たな安全対策の必要はない」としています。 05年度のワクチンの出荷本数は推定で約1932万本。副作用が疑われる症状は、肝機能障害が14件、発疹(はっしん)が11件、ショック・アナフィラキシー症状が10件、発熱が10件などでした。 後遺症は(1)10歳未満の少年が急性脳症となりリハビリ(2)10歳未満の少女で注射部位が傷あとに(3)70代女性がギラン・バレー症候群で入院(4)20代女性が白質脳脊髄(せきずい)炎で筋力低下や感覚障害に-の4人。 検討会は(2)について接種との因果関係を認め、ほかの3人は因果関係が否定できないと結論をだしまた。

追補 3 :  2006年11月14日 インフルエンザ治療薬タミフルを服用した子どもに異常な行動が相次ぎ、交通事故による死者も出ていることを受けて、米食品医薬品局(FDA)は13日、異常行動に対する注意喚起の表示を製薬会社に求める方針を明らかにしました。 報道によりますと、FDAは薬と異常行動との因果関係を立証したわけではないが、「潜在的な危険性を緩和するため」に、服用直後からの監視が必要だとしました。  また、FDAは2005年8月から今年7月までの間、タミフル服用後の自傷行為や精神錯乱などの異常行動103件の報告を受けており、そのうち95件が日本からのものだそうです。  日本では既に異常行動が起こり得るとの趣旨の表示を義務付けております。 タミフルは、通常のインフルエンザに有効な抗ウイルス薬としてこれまでに世界で数千万人が服用しているほか、世界的な流行が懸念される新型インフルエンザの特効薬と目されています。

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「タミフル」10代への使用制限

平成13年から販売が始まったタミフルは、服用後の中学生が、療養中に自宅マンションから転落する等、痛ましい事例が何件も発生しました。そのため、平成19年に「10代の患者は、原則として本剤の使用を差し控えること」という緊急安全性情報が出されました PMDA:タミフル服用後の異常行動についてしかし、10年あまり後の平成30年に、「インフルエンザ罹患時には、薬の種類や服用の有無に関係なく異常行動が発現する」という、厚労省研究班の調査報告がでたことで、この警告は削除されることになりました。薬を飲んでも飲まなくても、インフルエンザにかかった小児や未成年者が、一人にならないよう配慮することが大切、ということです。