おくすり千一夜 第八十二話 エビデンス-ベイスド メディシン(EBM)の意味

Evidence-Based Medicineという言葉が医療関係者の間で頻繁に使われるようになりました。直訳すれば、効くと言う確かな証拠に基づいた医療ということになります。では今まで厚生省が認めてきた薬や医療はEBMではなかったのでしょうか。

EBMとは本来、個々の患者のケアについての決断に際して、現時点での最良の根拠(エビデンス)を、誠実に、明快に、また思慮深く使用することです。それぞれの医師の専門知識、経験、技術に加え、科学的方法で確かめられた最新、最良の医療技術に関するエビデンス(証拠)をもとにして患者にとって最も効果的で安全な、つまり最も価値のある結果が得られるように、誠実に、思慮深く実践する医療を意味します

このことについて、1999年、浜 六郎氏の「プラバスタチン(メバロチン)は本当にEvidennce-Basedか?」、副題として「日本人に対する一次予防のエビデンスを正しく分析すれば」という論文がありましたので、その概要を紹介しましょう。

コレステロール低下剤は今、世界中で売られており、我が国ではスタチン類だけで2500億、他の同効薬を合わせると3000億円が年間に消費されています。スタチン類以前の薬剤には長期臨床試験で効果が確かめられていませんでした。スタチン類は心筋梗塞や狭心症になった人に対して、初めて死亡率を減少させることが確認されました。既往症のない人を対象にした試験でも、死亡率の減る可能性のある?ことが報告されました。

ここからコレステロール低下剤の多用が始まったそうです。問題は既往症対象者の外国での試験結果を、欧米より虚血性心疾患死の少ない日本にそのまま当てはめて良いかと言う疑問が残ります。リスク削減のために、毎年3000億円もの薬剤を我々が服用して、実際にどの程度効果が上がるのか、副作用や薬害が本当にないのか適切なEBMの手法に従って、浜先生は解析・評価されました。

スタチン類以前の薬剤開発の歴史は失敗と薬害の連続だったようです。長期臨床試験では副作用が続出し、有意な効果はえられませんでした。

スタチン類は生体の中でのコレステロール合成過程のごく初期の段階を抑えるもので、寿命を延長する可能性が示された初めての物質です。特に既往症のない人に対して、死亡率を多少でも下げたと言うエビデンスはこれまでになく、初めてのため、「エビデンスに基づく高脂血症治療」として宣伝されて参りました。

しかし日本人でのエビデンスは全くないそうです。日本人の心筋梗塞死亡率はイギリス人の5分の1です。日本人ではコレステロールを下げると他の疾患による死亡率が増加すると言われております。具体的に言うと「日本人はコレステロールが高い方が死亡率は低い。コレステロールが高ければ確かに心筋梗塞は増えるが、他の疾患による死亡の危険は逆に減っている」と言うのです。

日本でも外国でも低コレステロール症では脳出血が増加することが指摘されております。さらに、欧米、日本などの19の研究データを解析した結果、癌、呼吸器疾患、消化器疾患、うつ病、自殺、外傷死、その他の疾患ではコレステロールの値との間に負の相関のあること、言い換えれば、コレステロールの低い人ほど上記の疾患になり易いことが疫学的に証明されたのです。コレステロールの高い人の方が危険が少ない点がこれから注目されるでしょう。

日本人だけのデータでも男女とも、コレステロール値と死亡の危険性については逆相関の傾向が明瞭で、61歳以上では、コレステロール値160-179mg/dlの人と比較して260mg/dl以上の人の危険率は著しく低いことが分りました。ある研究によればコレステロール値を34mg/dl(1SD)低下させると、男性の死亡の危険は21%増加し、癌による死亡は26%増加するとの推定がでました。この結果は年令やその他の相対指数を補正しても有意だったそうです。

このような検討結果からすると、日本人は循環器疾患、中でも心筋梗塞死の比率が欧米に比して極端に少ないため、高コレステロール状態は総死亡率に対して危険因子ではなく、逆に予後改善因子となっているものと推測されます。すなわち冠疾患のない日本人の場合、コレステロールの高い方がむしろ健康ということになります。

以前に筆者が第六十三話「悪玉扱いは止めてほしい」で解説したとおり、コレステロールは人間の細胞膜の重要な構成成分で、ホルモンの原料でもあり、脂溶性ビタミンの運搬などの働きをする生体にとって不可欠な物質です。

冠疾患を持たない日本人のコレステロールを下げることは、むしろ危険を増大させるように思われます。いま日本には「220mg/dl以上の血清コレステロール値の人は治療すべき」との指針があります。この考え方に沿って人一人の心筋梗塞発症を防ぐのに、かかる経費は男性で1.3億円、女性では5.3億円だそうです。この条件下では重篤な副作用や有害作用の発生頻度の方が高いそうです。

したがって、日本人で虚血性心疾患を発症していない高コレステロール血症の人に、薬剤を投与しても、死亡率を低下させる見込は無いだけでなく、逆に有害である可能性が高いそうです。

結論として述べられていることは、「コレステロール低下剤を、狭心症を発症しておらず、心筋梗塞もない、単なる高コレステロール状態の人に使用すべきでない。
日本人に対するコレステロール低下剤の使用は虚血性心疾患が確定された高脂血症患者および心筋梗塞の危険因子を複数持つハイリスクの患者のみに限定すべきであろう。」というものです。読者の皆さん、この評価内容を読まれてどう思われますか。より詳細を知りたい方はThe Informed Prescriber 第14巻6号を御覧下さい。

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「正しい治療と薬の情報」TIP(The Informed Prescriber)は、「薬のチェックは命のチェック」と統合されて、2015年1月から薬のチェックTIP、2019年からは、「薬のチェック」と名称を改めて現在に至ります。

薬の歴史を紐解くと、そこに描かれているものは、効くと信じられていたものが、実は効かなかったとか、効果よりも毒性の方が強かったというドラマの繰り返しばかりです。戦争と飢餓からも解放された現在、何故、相変わらず医療費がうなぎ登りに増えるのでしょう。何か変だと思いませんか。

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