おくすり千一夜 第八十三話 漢方は単なる代替医療か

代替医療という言葉を最近耳にします。現在の医学で対処できず、治療効果も期待出来ないとか、治療法が極めて高価な薬や装置を必要とする疾患に対して経済効果を考慮して使われる治療法で、その主流は漢方と考えられております。

一方、漢方医の立場からすれば、代替えという言葉には屈辱的な響きがあります。

筆者はたまたま「東西両医学の融合を旗印に創設された大学病院」の薬剤部に籍を置き、比較的純粋な漢方治療と二十年余付き合った経験があります。開院当時、病院長は「先生。漢方って本当に効くのかい?」と質問され、臨床の先生方も「私達は西洋医学万能の教育を受けてきたので、わけの分らぬ草根木皮を使って効果があると言われても、簡単には信じられません」というのが常でした。

しかし、開院と同時に和漢診療は門前市をなす賑わいで、和漢診療部と薬剤部は「漢方を科学的に解明する」という共通目標に向かって協力して参りました。まず古典に忠実に方剤を調製して患者に投与し、一方では成分分析と効果に関する動物実験を繰りかえして参りました。

時期を同じくして功罪相半ばするエキス顆粒剤の保険収載と普及によって漢方医学は東の横綱格に伸し上がった観があります。

漢方医学の特徴は、一言で言うと患者をまるごと捕らえて総合的に評価し、全体的な考え方で治療を施そうとするのに対し、西洋医学的発想は病気の根源を分析して部分として、これを取り除こうとするところにあります。

西洋医学的な考え方が成功した疾患は、感染症です。外邪の侵入で生体が病的な状態に陥り、外邪を倒すと生体に復元力があり、元の健康状態に戻るような疾患には大成功をおさめました。その後この「三段論法的治療法」を、生体の老化に基づく疾患にも適用しようとして開発された治療薬や治療法は、症状は抑えることができるけれども、生体を元の状態に復元できないことを知らされているのです。

糖尿病、高血圧、高脂血症、そして癌。そのどれもが症状を抑えることが出来ても、それは治癒ではありません。

血圧が高いと循環器疾患を起こし易いとして、血圧降下剤を服用しますが、それだけで良いのでしょうか? ある老人病院で、医療費が「まるめ」られ、少なくなって一剤しか出せなくなったら、ボケが改善されたという報告があります。

血圧降下剤にはαブロッカー、βブロッカー、カルシウムブロッカーといろいろありますが、これら機序が血圧の制御にだけ選択的に作用するものなのでしょうか。

筆者は漢方に全幅の信頼を置いているわけでは有りませんが、生体をまるごと捕らえ、例えば胃腸薬と言えども、からだ全体の機能を回復向上させることによって、治療すると言う考え方の方が妥当ではないかと、考えるようになりました。

いまインフルエンザが大流行です。健康だった人の風邪に対する治療指針が発汗であると言うことは、ウイルスの性質の解析が進むに連れて正当性を増してきました。数多くの病気が休養と栄養をとり、体が本来持っている抵抗力を増強させることで改善するこも分かってきました。現今、死亡の第四位に薬の副作用がのし上がって来ている事実を考える時、医療者は東洋医学思想に基づく治療法にもっと耳を傾けるべきではないでしょうか。

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