おくすり千一夜 第八十九話 配置薬の使用期限7年は妥当か
この度、配置家庭薬の使用期限が7年まで認められることになりました。業界にとってはまことに結構な行政指導と言わざるをえません。過去この業界では、配置薬に使用期限の規定はありませんでした。それを自主基準を作ってそれぞれ使用期限を決めて来たと言う経緯があるそうです。
薬物の経時的安定性については予測のための理論がほぼ確立されています。そこで使用期限の意味について、消費者の皆さんに分り易く解説してみましょう。
医薬品も食品と同様、卓上に置けば、湿気と光と酸素と温度の影響を受けるものです。薬は生鮮食料品とは違って比較的影響を受けにくいものですが、一つの純粋な薬物でもそれが奇麗な結晶で存在するのと、非結晶のアモルファスで存在するのとでは安定性が大きく異なります。特に、湿度によって大きく影響を受けます。薬物を温度一定で、色々な湿度の容器中に置くと、吸湿も乾燥もしない湿度があり、これをその薬物固有の臨界相対湿度(CRH)と呼びます。いまCRHが70%の薬物と、80%の薬物とを混ぜると、その混合物のCRHは56%に下がってしまいます。即ち混合物は吸湿性が強くなるのです。これを「エルダーの仮説」といいます。すべてがこの仮説に当てはまるわけではありませんが、吸湿性を増すことだけは確かです。
固体の医薬品では水分がゼロであれば、安定性は良いのが普通です。しかし、薬を製剤化する場合、包装容器をいくら完壁にしても、一定量の水分は薬の中に含まれており、これが触媒の作用をして、分解を促進します。その割合いは含まれる微量の水分にほぼ比例します。
いま薬物中の水分が一定で一年に3%づつ分解して行くとしましょう。この反応が〇次か一次のような簡単なものでも、凡そ三年で9%、五年で15%、七年で21%分解することになります。ところが容器や包装は完全ではありません。徐々に吸湿が起こり水分が増し、室内に置けば、温度や光も日内変動するので、反応は複雑で分解は加速度的に進みます。仮にそれが二次反応だとすると、三年で12%、五年で39%、七年で86%分解することになります。つまり、使用期限が今まで五年だったものを二年延長すると、分解が急に進む可能性が高いので、包装と保存をより厳重にしなければなりません。厳重とは缶詰めか壜詰めにし、これを凍結保存するような状態を意味します。
一方、配置薬の中には漢方生薬や消化酵素を含む製品があります。生薬はその年に採れたものものを翌年中に消費するのが漢方の原則です。年単位で空気に曝しておくと揮発性成分はすっかり抜けてしまします。酵素も比活性(グラム当たりの活性値)が確実に落ちて行くのを経験しています。
丸剤のように蜂蜜で固めてしまうと、砂糖漬けと同じで安定性は増しますが、成分によってはやはり分解が促進されますし、黴がはえやすいので抗黴剤が添加されます。
筆者は7年という使用期間、保証期間に不安を感じます。室内に保存されていた7年前の缶詰や壜詰を皆さん喜んで頂きますか? 同じことが薬にも言えるのではないでしょうか。使用期限が一日でも過ぎたら、これを破棄してしまうのも疑問ですが、薬の使用期間は三年が限度というのを、薬の世界の常識にしたいものです。