おくすり千一夜 第九十話 DDS製剤とは
DDSとは「Drug薬 Delivery配達 System組織」の略で、日本では「薬物送達システム」とも呼ばれております。普通、薬を内服もしくは注射すると、薬は体全体に拡がってしまいます。これを筆者は薬漬けと言います。薬が体中に拡がっても副作用の少ない抗生物質のようなお薬は良いのですが、制癌剤のように癌組織だけでなく、正常な組織にもある程度ダメージを与えてしまう薬物を投与する場合は、出来るだけ病巣にのみ薬を到達させる工夫が必要です。
何とかして制癌剤の副作用を削減したいという願望から、癌専門の外科医と、薬の剤型設計を専攻する薬系の研究者とが共同研究を行なうようになり、日本DDS学会が設立されました。
以来、副作用が軽減され、治療効率のより優れた医薬品が徐々に医療の場に提供されるようになりました。例えば狭心症に使う持効性の貼り薬、前立腺癌に使う持効性の注射剤、副作用を可成り抑えた制癌剤等、ここ二十年の間に薬の剤型設計は急速に進歩して来ました。
今回紹介する最新情報は、京都薬大の高田教授が考案された新しいDDS製剤です。これは高分子の蛋白医薬品の経口化を可能にした新しいタイプの製剤です。蛋白ペプチドは、普通経口投与すると消化管内で分解されてしまいます。それを防ぐために、胃で溶けず、小腸で崩壊する「腸溶性カプセル」の中に、更に直径200μmの半球状のマイクロカプセルがあり、その中に高分子の薬剤が充填されております。小腸内で腸溶性カプセルが崩壊すると、この半球状のマイクロカプセルが放出されて、小腸粘膜に付着し、中の蛋白医薬品が効率良く消化管から吸収される仕組みです。
このDDS製剤の中に遺伝子組み換え技術により量産したヒト由来の顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)を内包させると、高率良く吸収することが確認され、このような高分子蛋白を注射ではなく内服することで、効果が期待できる世界で初めての医薬品が完成致しました。既存の高分子蛋白の注射剤を、すべて経口化できれば、患者にとっては注射の苦痛から解放されるので、大いなる福音であり、500億円の市場が見込まれるそうです。
二十数年前、筆者も同じ発想から、血友病第八因子をマイクロカプセルに包み、その外側に蛋白分解酵素阻害剤を添加し、これを腸溶性カプセルに充填した経口剤を開発しようと努力した経験があります。残念ながら期待するような吸収効率は得られませんでした。今回の成功は半球状のマイクロカプセルの優れた特性によると思われます。
このカプセルは水に不溶な高分子のポリマーと、小腸に接着性の良いポリマーと、小腸のアルカリ性で溶解するpH依存性のポリマーフィルムからなる三層の構造で、水不溶性膜により、酵素による分解を防ぎ、一方付着面からは薬剤が効率良く吸収される特性を有しているそうです。
吸収効率は注射剤の四分の一程ですが、筆者の千分の一より極めて優れており、最新の他製剤の十数分の一と比較しても格段に優れた剤型です。高田先生はこの研究成果でベンチャービジネスの設立を目指しており、目下準備中だそうです。薬学領域、しかも大学の研究室のこのような研究成果に対して、筆者は心からエールを送ります。