おくすり千一夜 第九十三話 信じられない日本小児感染症学会の見解
(2000年3月17日 読売新聞から転載)
小児インフルエンザ脳症誘発?解熱剤
学会が「使用容認」、現場医師ら猛反発、公開質問状提出
インフルエンザに伴う子供の脳症が問題になっているが、一部の解熱剤を使うと脳症による死亡率が高まると厚生省研究班が報告したことから、解熱剤の使用を巡り医療現場が揺れている。日本小児感染症学会が、解熱剤の使用を容認する見解をだしたのに対し、一線の医師たちが「使用を中止すべきだ」と公開質問状を提出した。解熱剤は広く使われており、波紋を呼びそうだ。
インフルエンザにかかると、意識障害などを起こす脳症になることがあり、昨年一月から三月に二百十七人が発症、うち六十一人が死亡した。患者の八割が五歳以下の幼児だった。
脳症が多発している国は他になく、事態を重視した厚生省は、研究斑を設置し、これらの患者を調査した。メフェナム酸、ジクロフェナックナトリウムという解熱剤を使用していた患者は、薬を使っていなかった場合に比べ死亡の危険度がそれぞれ4.6倍、3.1倍高かった。これら二剤は非ステロイド系抗炎症剤と呼ばれる。
ところが、同学会は最近、医学専門誌で「脳症と解熱剤の関連に懸念が広がっているが、幼児の場合、高熱が続くので非ステロイド系抗炎症剤を使用せざるを得ないことも多い」とする見解を公表した。
これに対し、大阪赤十字病院小児科の山本英彦医師ら十四人の専門医は「解熱剤と脳症には強い関連がある。危険性が疑われる薬は使わないのが原則。研究班の調査を否定するような見解で、放置できない」と学会に公開質問状を提出。詳細な調査と、非ステロイド系抗炎症剤を小児に解熱剤として使わないよう勧告することを求めた。
今月十日に出した回答書では、解熱剤の使用の是非には触れておらず、山本医師らは「回答になっていない」と反発している。
「正しい治療と薬の情報」誌編集長の別府宏圀東京都立府中療育センター副院長は「薬の害を示唆するデータがある以上、学会は調査する責務があるのに、放置している」と指摘している。(以上2000年3月17日の読売新聞から転載)
読者の皆さん、筆者もこの問題に以前から関心を持ち続け、すでに十話にわたって訴え続けてきました。是非いま一度お読み頂ければ幸せです。
2001年(平成13年)厚生省の見解
翌年、ようやく解熱剤全般について合意がなされました。以下、厚生省(原厚生労働省)の見解です。
インフルエンザによる発熱に対して使用する解熱剤について(医薬品等安全対策部会における合意事項) (mhlw.go.jp)
1.これまでの経緯
(1) 重篤な疾病であるインフルエンザ脳炎・脳症については、平成11年度より、「インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班」(班長:森島恒雄名古屋大学医学部教授)において、その発症機序等の解明のための調査研究が行われている。(1) 平成11年度の同研究では、インフルエンザ脳炎・脳症を発症した患者において、ジクロフェナクナトリウム又はメフェナム酸の使用群は、解熱剤未使用群と比較してわずかながら有意に死亡率が高いと報告された。(2) 平成12年度の調査では、ジクロフェナクナトリウムの使用群と他の解熱剤使用群との比較をした結果、ジクロフェナクナトリウムの使用群についてより高い有意性をもって死亡率が高いことが示された。また、脳の病理学的検査が行われ、脳血管に損傷が生じていることが特徴的に見出された。
(2) 平成12年11月、上記の研究結果を踏まえ厚生省では、ジクロフェナクナトリウムについて、明確な因果関係は認められないものの、インフルエンザ脳炎・脳症患者に対する投与を禁忌とすることとし、ジクロフェナクナトリウムを含有する解熱剤を製造、販売する関係企業に対し、使用上の注意の改訂等を指示した。
(3) 一方、日本小児科学会では、平成12年11月、インフルエンザに伴う発熱に対して使用するのであればアセトアミノフェンが適切であり、非ステロイド系消炎剤の使用は慎重にすべきである旨の見解を公表した。
(参考)我が国のインフルエンザの学童における罹患数は、年間50万~100万人とされ、このうち、脳炎・脳症となる症例(インフルエンザ脳炎・脳症)は100~300人、その死亡率は30%前後とされている。
2.医薬品等安全対策部会における検討結果
平成12年から平成13年の冬季流行期が過ぎ、インフルエンザによる発熱に対して使用する解熱剤に関して各方面の意見等をまとめるため、薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会の場において、日本小児科学会、研究者、製薬企業、さらに市民団体であるCOML東京も交えて意見交換を行い、次の合意事項を得た。
『小児のインフルエンザにともなう発熱に対して、メフェナム酸製剤の投与は基本的に行わないことが適当である』
[部会での主な意見](1) 一般国民の立場からは、より安全な薬物療法の適用が望まれる。また、患者サイドももっと情報を得て、勉強する必要がある。(2)今冬のインフルエンザ流行期の経験から、インフルエンザの解熱目的にはアセトアミノフェンの使用その他の代替処置で患者の予後に悪影響なく対応可能であった。(3)企業としても、かねてから安全対策に努力しており、インフルエンザの解熱目的でメフェナム酸を使用しないことに同意したい。(4)(1)~(3)のような意見を基礎として、不確実な情報下における患者の安全と最善の対応を考えるならば、インフルエンザの解熱目的でメフェナム酸は使用しない旨の対応をとることで一致できる。
3.今回の合意事項に基づく対応
(1) 厚生労働省では、今回の部会における合意事項について広く周知を図るため、各都道府県衛生主管部(局)長あて通知を行う。また、日本医師会、日本薬剤師会等、関係団体に対して、会員等へ周知徹底を図るよう要請する。
なお、医薬品等安全対策部会に参加した各団体に対しても、部会の場において会員等への周知を依頼している。
(2) 厚生労働省では、引き続きインフルエンザ脳炎・脳症の重症化とジクロフェナクナトリウム及びその他の解熱剤との因果関係等について調査研究を実施する。