おくすり千一夜 第九十八話 総合胃腸薬はプラシーボ効果だけか

NHKの番組「ためしてガッテン」で、総合胃腸薬についての解説があり、これは日本しかない独特の合剤で六百品目が販売されており、解説の医師は「胃腸の機能は神経支配が大きいのでプラセボ-効果で効くのでは」というお話でした。そこで処方の中味について解析してみましょう。

総合胃腸薬なるものを、厚生省が現在認めている一般用医薬品集で調べると、「消化器官用剤」の中の「制酸、健胃、消化、整腸の2以上を標榜する」配合剤を意味することがわかります。

総合胃腸薬に含まれる各成分の効能効果を、表に纏めると以下のようになります。「ためしてガッテン」で話題になったのは、制酸剤と胃酸分泌を促進する和漢生薬が混在しているのはおかしいというものでした。ところがこの分類で健胃生薬と呼ばれるものの中には、オウゴン、オウレン、オウハクのような、ベルベリンを含む止瀉剤もあれば、ダイオウのようなアントラキノンを含む緩下剤もあり、ケイヒ、ゲンチアナ、センブリ、トウガラシ、ハッカ等の芳香・苦味健胃剤も含まれているのです。したがって制酸剤に数種類の生薬を配合し、味も香りも良くしようとしたら,制酸剤と相反する効能の成分も入ってしまったと推測されます。先ずはとくと下の分類をご覧下さい。効能効果は症状であって病名ではありません。下の四成分の効能効果がよく似ていて、分りにくいことが御理解頂けると思います。

制酸剤を配合することで表示できる効能効果は
胃酸過多、胸焼け、胃部不快感、胃部膨満感、もたれ(胃もたれ)、胃  重、胸つかえ、げっぷ(おくび)、はきけ(むかつき、胃のむかつき、二日酔い悪酔いのむかつき、嘔気、悪心)、嘔  吐、飲み過ぎ、胃  痛。

健胃生薬を配合することで表示できる効能効果は
食欲不振(食欲減退)、胃部・腹部膨満感、消化不良、胃弱、食べ過ぎ(過食)、飲み過ぎ(過飲)、胸やけ、もたれ(胃もたれ)、胸つかえ、はきけ(むかつき、胃のむかつき、二日酔い、悪酔いのむかつき、嘔気、悪心)、嘔  吐。 

消化剤を配合することで表示できる効能効果は
消化促進、消化不良、食欲不振(食欲減退)、食べ過ぎ(過食)、もたれ(胃もたれ)、胸つかえ、消化不良による胃部・腹部膨満感。

整腸剤を配合することで表示できる効能効果は
整腸(便通を整える)、腹部膨満感、軟便、便秘、下痢、消化不良による下痢、食あたり、吐き出し、水あたり、くだり腹、軟便、腹痛を伴う下痢、胃痛、腹痛、さしこみ(疝痛、癪)、胃酸過多、胸やけ。

制酸剤と酸分泌促進剤のような相反する薬効の組み合わせは「日本独特のものだ」との説明が有りましたが、それは正しくありません

以下、具体例でお話しましょう。お隣中国から入ってきた漢方に「三黄瀉心湯」という方剤があります。成分は下痢を止めるオウレン、オウゴンと、下剤のチャンピオン、大黄からなる処方です。その効能効果は「比較的体力があり、のぼせ気味で、顔面紅潮し、精神不安で、便秘傾向のあるものの次の諸症:高血圧随伴症状(のぼせ、肩こり、耳なり、頭重、不眠、不安)、鼻血、痔出血、便秘、更年期障害、血の道症」と記載されております。このような処方を間違ったものと決めつけることができるでしょうか。

大柴胡湯」にもオウゴンと大黄が含まれております。また「女神散料」には三黄瀉心湯の三成分がそっくり入っています。他に大黄と芳香健胃剤のケイヒを含むものもあります。

アメリカやヨ-ロッパではどうでしょう。相反する副作用を抑えたものに制酸剤があります。それは水酸化アルミニウムと水酸化マグネシウムの合剤です。アルミニウム塩を服用すると便秘になり易く、マグネシウム塩は緩下剤でもあります。二つを組み合わせるとどうなるのでしょう。

薬理学的な解説をしますと「胃をアルカリにすると、ガストリンの作用で胃の運動が亢進します。しかし、AL3+イオンは平滑筋を弛緩させ、食べた物の排泄を遅らせます。ただし、弛緩はMg2+イオンで弱くなるため、Al(OH)3とMg(OH)2を併用すれば、胃内容の排泄機能はほとんど影響を受けなくなります?。制酸剤は腸の運動や分泌にも影響を及ぼします。マグネシウム塩は腸の運動を亢進させ、アルミニウム塩はこれを減弱させます。そのため、腸の機能にそれほど影響を来たさないよう、多くの市販の制酸薬にはアルミニウムとマグネシウム化合物の混合物が含まれております。」

上の説明通りに効果が現れるとはとても考えられません。合剤を飲んでもある人は下痢気味に、ある人は便秘気味になると思われます。

次にバセドー病の患者に抗甲状腺薬と甲状腺末とを同時投与する治療法あります。ナンセンスな処方に見えますが、甲状腺の分泌機能を完全に抑えて、改めて甲状腺薬を投与して症状をコントロールするそうです。

それから胆石の治療に胆汁の主成分であるウルソデオキシコ-ル酸を投与します。胆汁成分過剰で病状が悪化しそうですが、これが胆汁の分泌を抑え、胆石を溶解する効果もあるそうです。

さて本論に戻りましょう。漢方薬には味や匂いだけで健胃効果があり、苦味健胃薬とか芳香健胃薬と呼ばれる生薬があります。健胃という言葉の意味は気分的に胃を丈夫にする、スッキリする、清涼感を与えるという程度であって、特に酸分泌促進をうたっているわけではありませんし、定量的に評価されているわけでもありません。

もっと強い消化液分泌促進剤に梅干があります。梅干という言葉を聴いただけで唾液がでてきます。まして口の中に入れたらもっと強烈です。唾液の分泌と連動して胃液分泌も始まっているはずです。ニッケやハッカと言葉で言われても唾液は出てきません。ですから酸分泌促進剤については余り目くじらを立てる必要はないと筆者は考えます。

一般薬の薬効分類はI欄が制酸剤、II欄が健胃生薬、III欄が消化酵素や利胆剤、IV欄が整膓剤、V欄が止瀉剤、VI欄がアルカロイド類、VII欄が抗潰瘍剤粘膜保護剤からなっていて、それぞれの欄の成分を合剤に加えた場合は、各々の欄ごとに、記載の許される効能効果が決まっていて、その表現が曖昧なために、誤解を招いたと思われます。

消費者の中には、胃散は重曹が入っていて、げっぷの出るのがよいと言う御仁が、未だにおられます。高齢化とともに低酸症が増えている現実をみると、重曹がうまく使えれば名医といわれた昔の治療法が復活して来そうな気も致します。厚生省には、一般薬で誤解を招かないよう、もう少々厳密な薬効分類をお願いしたいものです。

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