おくすり千一夜 第六十二話 錠剤その中身の不思議
ビタミン剤といえば美しい宝石のように橙色をした糖衣錠が普通です。縦に穴をあけて繋いだら立派なネックレスです。ワックスが掛かっていますが、表面はお砂糖なので長持ちはしません。
さて錠剤の中をのぞいてみましょう。これを作る学問を製剤学とか製剤工学と言います。ビタミン剤を例にお話してみます。主薬のビタミンは量が少ないので、形を整えるためにまず粉末を加えます。これが賦形剤です。賦形剤は害の無い乳糖が主に使われます。錠剤を飲んだらお腹の中で崩れないと困ります。腹痛を起こさないことを特徴にしていた有名企業の抗生物質が、実は消化管を素通りしていた実例があります。ですから硬い錠剤も消化液に接すればすぐ崩壊するよう崩壊剤が加えてあります。崩壊剤には水で膨潤する澱粉類が使われます。主薬と賦形剤、崩壊剤を混ぜただけでは打錠しても成形できず、打錠機に均一に充填できません。そこで粉末に結合剤を加え顆粒状にして乾燥します。これで流動性は良くなりますが打錠機の臼や杵に付着するので滑沢剤を添加します。滑沢剤は不溶性石鹸のステアリン酸マグネシウムなどが使われます。こうして作られた錠剤のことを裸錠といいます。次はお砂糖でマーブルのようにお化粧しなくてはなりません。コーティング用のシロップは30%程水を含んでいるので、水分が錠剤内部に入らないようシェラックという物質で被覆します。いよいよ糖衣を着せる番です。でもお砂糖だけではありません。回転するパンの中でシロップ以外に炭酸カルシウムや酸化チタンを掛けて表面を白く滑らかにします。この作業に二日ほどかかります。最後に着色したシロップを掛けてそっと乾燥し、食べるのが惜しい宝石のような糖衣錠が出来上がるのです。
でも何のためにこのような複雑なことをするのでしょう。全ては外観を美しく付加価値をつけて高く売るためです。この方法は量産が出来ます。取り扱いも便利です。安定性もあります。薬局で薬剤師さんにビタミンの粉末を調剤してもらうのと、どちらが良いでしょう。
ビタミンと共に口の中に入る異物や毒物を並べてみます。一番外側が木蝋ワックス、癌と痴呆が懸念されるアルミニウムレーキ色素、砂糖、お化粧品にも使われている白さのもと酸化チタン、炭酸カルシウム、虫の分泌物シェラック、水不溶性石鹸、黴の生えにくい高分子の糊、生の澱粉、乳糖、昔繊維だった酢酸セルロース、エトセトラ。
少量のビタミンを摂取するのに、何十倍も余分なものを私達は毎日口にしているのです。やはりビタミンやミネラルは自然食品から、具体的には果物や肉や魚、特に内蔵、それに海藻等から採るのが良いことを御理解頂けたと思います。
最近ビタミンの取り過ぎが話題になりつつ有ります。ビタミンが不足していませんか?という暗示効果を狙った宣伝が氾濫しています。心配する必要は、実は余りないのです。お料理の先生が申します。トンカツ用の肉一切れには十分なビタミンB1が含まれており、分解させないよう手早く調理する必要があると。
ならば筋肉全体には一体どのくらいのB1があるのでしょう。豚に限らず肉の中には可成り多量のB1が含まれているはずです。我々の体も同様です。ですから、ビタミンの欠乏は余ほど偏食をしない無い限り起こらないということです。