おくすり千一夜 第九十五話 治療薬としてのタウリンの現状

タウリン(2-アミノエタンスルフォン酸)は必須アミノ酸に準ずる物質で、蛋白合成には使われず、体中で遊離状態か、簡単なぺプタイドの形で見い出されます。1827年、牛の胆汁成分として初めて得られましたが、栄養学上の重要性については1975年まで問題にされませんでした。人工栄養児や未熟児では、血清や尿中のタウリン濃度が標準値に達しないことから、その重要性が認識されたのです。動物を成長過程でタウリン欠乏状態に置くと、心臟の肥大や網膜の変性、成長が遅れることが分かりました。

*メチオニンとシステインの代謝過程で得られる、タウリンは多数の生理的機能の中で極めて重要な役割を演じており、胆汁酸抱合が有名ですが、タウリン総量からすれば、微々たるものです。

タウリンの生理機能には、解毒、膜安定化、浸透圧制御、カルシウム濃度調整があります。臨床では心・血管系疾患、癲癇等の発作性疾患、あざの縮退、アルツハイマー、肝臟病等の治療に用いられてきました。タウリンの類縁物質にアカンプロサイトがあり、これはアル中の治療に用いられております。タウリンはカルボキシル基に代わって、スルフォン基が付いており、骨格筋、心筋、あるいは脳組織中に、遊離状態で存在します。

*体の中で、メチオニンとその誘導体のシステインから作られ、システインからタウリンが作られる時、補助因子にビタミンB₆が必要で、これが欠乏するとタウリンは合成されません。

*ヒトで合成されるタウリン量は他の哺乳動物に比して、多くありません。タウリンに関する論文の多くは、タウリン合成能のない猫を実験に用いております。それゆえ、猫での研究結果が,どの程度までヒトに当て嵌まるか明らかではありません。

*タウリンは心臓の中の遊離アミノ酸の50%以上を占め、陽性変力作用があり、血圧を下げる効果があります。この作用は、カルシウムイオン(Ca2+)過剰で起こる有害作用から心臓を守るためにあると考えられます。

*東らはタウリンが鬱血性心不全を緩解することを見出しました。Chazovらは心電図の異常をタウリンが改善することを証明しました。二重盲検試験の結果は「タウリンには有害作用がなく,心不全に有効である」ことを示しました。

*肝臓には2~4gの胆汁貯蔵能があり、一日におよそ10回程の腸肝循環を行なっています。胆汁酸の凡そ80%が腸肝循環で再吸収され、主な吸収部位は回腸末端です。胆汁酸は、脂質や油溶性ビタミンの吸収に界面活性剤として働きます。タウリン抱合胆汁酸にはコレステロール溶解効果があり、コレステロール排泄が増強され、タウリンの投与で血清中コレステロールが下がることが分りました。

*血清中ビリルビン濃度が3mg/dl以上の急性肝炎患者で、二重盲検試験が行なわれました。一日三回4gのタウリンを服用した患者群は、一週間以内にビリルビン、胆汁酸量、および胆汁中のグリシン/タウリン比が非投与群に比べ全員著しく減少しました。

アル中を治療中の患者に、タウリン1gを一日三回七日間服用させると、タウリン服用患者では酒に依存する者が三分の一程度に減少しました。入院治療中の患者では、タウリン投与群は入院の前後で1/16に減少しましたが、非投与群は11/17程度に留まったそうです。

*最近、アカンプロセイト(Ca acetylhomotaurinate)というタウリン誘導体が合成され、これがアル中の治療に有用なことが分りました。目下、ヨーロッパだけで使用されているアカンプロセイトは、γ-アミノ酪酸に似た化学構造で、種々の神経伝達系に作用し、カルシウムイオンを調整していると考えられております。十一ケ所、延べ3,338人のアル中の患者について行なわれた、盲検試験の結果、アカンプロセイトは偽薬投与群と比較して高い禁酒達成率と半年から一年に及ぶ禁酒の持続が認められました。

アカンプロセイトとアセチルタウリン酸カルシウムのイオンの膜透過効果を比較した二つのin vitro試験によりますと、この二つの化合物は、イオンの膜透過に異なる効果のあることが分りました。従って、アカンプロセイトの効果をタウリンや他のタウリン類縁化合物に当て嵌めることは適当ではありません

網膜は体の中でタウリン濃度の最も高い器官の一つです。猫で網膜中のタウリン含量を正常値の約半分まで枯渇させると光感受性細胞に変化が現れ、さらに枯渇が進むと不可逆性の網膜変性が起こります。色々な点で、人間の網膜色素変性症(RP)で見られる網膜の変性は、猫のタウリン欠乏症に似ております。しかし、RP患者の血清や血小板中のタウリン濃度は猫と違って正常値を示していました。RPの患者に一日1~2gのタウリンを一年間投与しましたが、臨床試験で好ましい改善は殆ど認められず、一部の患者では益する所があったとの報告もあります。

癲癇患者にタウリンを補給する臨床試験がありますが、多くは方法論に欠陥がありました。癲癇の治療にタウリンを用いた症例は多いですが、効果の程度は16%から90%、投与量も375mgから8,000mg/dayと幅があります。シナプスの神経伝達に関与するタウリンの役割は未知で、実験で誘発させた癲癇モデルと、短期間の研究結果では、臨床上の有用性は薄いように思われます。というのは長期間の観察では満足すべき結果はなかなか得られないからです。タウリンは脳血液関門を殆ど通過できないので、これが抗癲癇作用を阻害していると考えられます。

アルツハイマーの患者は、神経伝達物質であるアセチルコリンが著しく低く、低いアセチルコリンレベルは、この病気の特徴である記憶の喪失と関連ずけられ、治療もこの前提に基づいています。実験動物にタウリンを投与したら、脳のアセチルコリンが増加しました。アルツハイマー病の兆候が進んだ患者では、脳脊髄液中のタウリン濃度が同年令の健常人に比して減少しているそうです。しかし今アルツハイマーの治療にタウリンを使った文献は見当りません。

インスリン依存性糖尿病患者では血清と血小板中のタウリンレベルが低下していることが分りましたが、タウリンを服用すると正常レベルに戻ります。加えて、血小板凝集に必要なアラキドン酸が健常人より低いそうです。タウリンを補給すると、低下した血小板凝集能も回復しました。糖尿病でタウリンが減少し血小板凝集能が低下した患者では投与量依存的に回復しますが、健常人では血小板凝集能にタウリンは効果を示さないそうです。

結論として、タウリンは水溶性胆汁酸塩を作るのに重要ですが、使われるタウリンはごく一部です。タウリンはまた一連の重要な生理的過程;カルシウムイオン流の調整、膜安定化、解毒作用等に関与しております。タウリンを臨床応用し、鬱血性心不全、肝疾患等での重要性が明かになりました。しかし、癲癇や糖尿病のような疾患ではタウリンが使われる理論的根拠を明らかにする更なる研究が必要だそうです。

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