おくすり千一夜 第五十八話 大飯食いの胃袋は本当に大きいか
胃袋は薬局で売られている胃薬の箱表に描かれているような形を本当にしているのでしょうか? バリウムを飲んで炭酸ガスで膨らませた胃は、氷嚢のような形になりますが、普通の食事をしているときなどは細長い徳利とそっくりです。食物は胃の中に長く留まることなく、蠕動運動ですみやかに十二指腸から小腸へ送られてしまいます。ですから健康な胃は決して大きくありません。溜めないから沢山飲んだり食べたり出来るのです。
それにしても胃とは何とも不思議な臓器です。朝昼晩と食物が流れ込み、時にはお茶やコーヒーのように熱いもの、アイスクリームのように冷たいもの、これらを上手く処理してケロリとしています。またモツ焼きに出てくる内臓や生肉を食べても、自らは傷つくことなくちゃんと消化してしまいます。肉食性の動物や魚類は生きた餌を丸飲みにしても、消化できます。胃や腸の内壁には特殊な粘液を分泌する細胞、粘膜細胞で被われており、胃液や膵液で自己消化されるのを防いでいます。この粘膜細胞が何かの原因で傷つくと、粘液が減少し、消化管の自己消化がおこります。これが潰瘍です。ですから粘液と消化液との間にバランスがとれていれば消化管は健康なのです。
このバランスを崩す原因の第一はストレスです。ストレスは人間のような高等動物にだけ起こる特殊な現象では有りません。家畜や動物でもストレスで簡単に潰瘍になります。ねずみの手足を縛って板に固定し、キリストのように磔にして、お腹の辺りまで水浸けにしておきますと、1,2時間で胃内に出血が起こります。
豚を棒で突き回しても、胃に出血が見られたそうです。嫌なことをされると、自律神経が必要以上に興奮して制御能力を失い潰瘍を形成してしまいます。学校嫌いの子供が朝決まってお腹が痛くなるのも、特定の学生が試験の時期になると胃が痛くなるのも、すべてストレス現象です。
ストレスは最初に胃にきます。次が心臓で、動悸や不整脈が現れ、その次が不眠です。
話が少しそれてしまいましたが、熱いお酒も胃を傷めます。寒いとき、赤提灯の店先から聞こえる「熱燗でやってください」を実行すると、酒が「五臓六腑に染み渡った」瞬間に、食道から胃の内壁が真っ白になるのが観察されました。粘膜表面が変性を起こしているのです。アルコール濃度の高いお酒はオンザロックか水割りでのむのが合理的です。
暴飲暴食で傷ついた胃も絶食すれば速やかに回復します。ストレスは人によって程度が様々ですので、いろいろな不定愁訴がじわじわと現れます。薬局で売っている胃薬の効能には下のような項目が書かれています。
はきけ、むかつき、もたれ、食欲不振、胸やけ、胸のつかえ、胃部不快感や膨満感。これらは全て胃の症状で病名では有りません。医師が診断名を付けるとすれば「慢性胃炎」か単なる「胃炎」となるでしょう。ところが慢性胃炎の患者を内視鏡で検査したら一例の胃炎もなかったという笑うに笑えない逸話が有ります。
胃がちょっとおかしかったら牛乳を噛んで飲めば十分治療できるはずです。むしろ癌の有無を定期的に確かめるべきです。年に一回できれば二回、内視鏡の検査をお勧めします。