おくすり千一夜 第六十一話 うまいもまずいも塩加減

塩は大切な調味料です。甘いお料理も塩を少々加えることで味が引き立つと言われております。さて我々の体の塩加減は如何なものでしょう。戦後まもなくの頃の話です。中程度の労働をしている人の食塩の尿中排泄量が約12グラムだったことから一日の必要量は15グラムぐらいではないかと言われておりました。その後摂取量が少ないと排泄量も少なくなることが分り、高血圧と食塩の関係も疫学的に調べられ、食塩の摂取量の多い地方ほど高血圧症の人が多いことから、減塩思想が普及して参りました。

血圧が高いということは、脳や心臓で血管の障害を起こすリスクが高いことを意味します。世界中の民族や地域の住民について調査された食塩と血圧の関係は、摂取量の少ないブラジルやソロモン諸島の人達の血圧は低く、摂取量の多い日本の東北地方の人達は血圧が高いことが歴然としておりました。

食塩の摂取で何故血圧が上がるかについては、塩分に依る浸透圧で血液量が増え、心臓の負担が増大した結果、血圧上昇が起こると考えられておりましたが、それ以外に腎臓のナトリウム排泄能の低下、ジギタリス様物質の放出、交感神経の興奮など色々なことが関係していると思われます。

さらに遺伝的な要因も加わって食塩に対する感受性の高い人と低い人とがあり、高地民族のなかには食塩の摂取量が高いのに、無塩食の民族と差がないこともあります。漁村の人は山村の人に比べて血圧上昇が押さえられているという調査結果もあります。従って血圧が高くなる要因は塩分だけではありません。遺伝的素因から始まって、食塩以外のカリウム、マグネシウム、カルシウムのような塩類、タンパク質、アルコールなどの摂取量、日常の運動量や肥満の程度なども影響して参ります。

それはともかく食塩の最低必要量はどのくらいなのでしょう。ブラジルで塩の文化から隔絶されたインディオから推定される必要量は1グラム程度だそうです。それでも彼等は健康で、歳をとっても血圧の上昇は見られないそうです。

今、われわれにとって本当に必要な量は、腎臓が正常で体重65キロの大人で1日1.3グラム以下であろうと言われております。ですから無塩食でも必要量は十分摂取されていると言えます。人類が地球上に現れて200万年とすれば食事の中で塩を意識して採り始めたのはごくごく最近のことでしょう。ですから我々人間は特に塩を摂取しなくても食物中に本来ある塩分だけで十分なはずです。

しかし塩気のない食事は概して味気ないものです。食事は美味しく食べることがきわめて大切ですし、塩気なしで我慢して無理に食べることは精神衛生上良いことでは有りません。食欲は人間の欲望の中でも上位に位するものです。日本の加工食品の多くには、漬け物類に見られるように可成りの量の食塩が使われておりますし、味噌、醤油、梅干しなどは減塩を歌っていても、可成りの塩分を含み、われわれの食生活に欠かせない存在です。この食習慣からみますと食塩の摂取量を1~2グラムに抑えるのは不可能でしょう。当面は1日10グラム以下にしようという呼びかけがありますが、食べ物以外の生活の質と量、とくに運動量なども勘案して楽しく、心にゆとりのある生活をする方が、もっと大切ではないでしょうか。感情の起伏が大きいと血圧も大きく変動するので心臓に良ありません。気を付けましょう。

最新の目標値

厚生労働省は5年ごとに「日本人の食事摂取基準」を策定しています。最新の(2020年版)目標値は、成人男子7.5g、成人女子6.5gです。数値は次の手順で定められました。
○世界保健機関(WHO)のガイドラインには、「適切な身体機能のために必要な最低限のナトリウム摂取量はわずか 200〜500 mg/日である、と推定される」との記載がある。
○2012 年、 WHO が成人に対して強く推奨しているのは、食塩相当量として5 g/日未満である。しかし現在、日本で成人のナトリウム摂取量(食塩相当量) 5 g/日未満を満たしている者は極めて稀であると推定される。
○そこで厚生労働省では、実施可能性を考慮し、5 g/日と「平成 28 年国民健康・栄養調査における摂取量の中央値」との中間値をとり、この値未満を成人の目標量とした。

詳細は厚生労働省のホームページで確認できます。https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586565.pdf

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