おくすり千一夜 第六十三話 悪玉扱いは止めて欲しい
近頃、人間は自己中心的な動物だと改めて思うようになりました。自分達に都合の良いことをしてくれる鳥や虫を益鳥とか益虫と呼んで褒め、都合の悪いものは全て、害鳥、害虫と決めつけて駆除することを当然と思っているからです。鳥や虫達にしてみれば有史以前からこの地球上で生活して来たのは自分達で、後から現れた人間に邪魔物扱いされる理由はないと主張したいことろでしょう。
同じようなことが自分の体内成分についても言われているのです。コレステロールの善玉、悪玉説がそれです。コレステロールと言えば巷では、肉の「あぶらみ」を意味するらしく「これはコレステロールだから食べない」というセリフをよく耳にします。
コレステロールに善悪の標識を付けるのはいささか心外なので、弁護を兼ねてコレステロールなるものを紹介しようと思います。
コレステロールは体の中で極めて大切な役割を果たしており、人体を構成している細胞を維持する大切な物質です。コレステロールが無かったら生物は生きて行けません。細胞を構成する膜は主に燐脂質から出来ていますが、燐脂質膜は柔軟で流動性があり、細胞の形を保つことができません。この膜にコレステロールを加えていくと膜は極めて丈夫になることが二分子膜の実験で証明されています。膜成分の数十%をコレステロールが占めることもあります。細胞には更に建物の鉄筋に相当する高分子の蛋白がくり返し貫通していて膜を丈夫にしております。
コレステロールはまた男性ホルモンや女性ホルモンをはじめとする多くのホルモンの原料です。さらに、消化管から分泌される胆汁酸の原料でもあります。ですから鳥や魚の卵の中にコレステロールが多いのも生命の発生に必要だからです。
一方、我々人間には加齢に伴う疾患があり、血液中のコレステロールが高い人ほど心筋梗塞や脳梗塞になりやすく、解剖してみると血管壁に泡状細胞と呼ばれるコレステロールの固まりが見い出されることからコレステロールは悪いやつ、悪玉と考えられるようになりました。
血液中のコレステロールは食物からだけでなく、体内で容易に合成されます。「ためしてガッテン」がおこなった実験で証明されたように、コレステロールを多く含む食事を続けても、血中コレステロールが急激に増えるわけではありません。体は合成能を落としてうまく調節しているのです。人間の細胞は脳と神経を除いて半年から一年で入れ代わると言われております。当然細胞が壊れて代謝され出てくるコレステロールは、一部は細胞の再生に使われ、一部は肝臓で分解排泄されるはずです。
このコレステロールの運搬役を行なっているのがリポタンパク質で、組織への運び屋をLDL(低密度リポタンパク)、組織から肝臓へのコレステロール回収役をHDL(高密度リポタンパク)といい、前者を悪玉、後者を善玉と呼んでいます。この分だと新聞配達や宅配便は悪玉で、廃品回収は善玉と言うことになります。
この二つの値の比が動脈硬化の指標と考えられ、血液中のコレステロールが少々高くても、HDLが高ければ安全と言うことになります。しかしメカニズムの全てが解明されているわけではありません。最近は酸化されたコレステロールや酸化脂肪酸と結合したコレステロールのほうが、さらに悪者と言われています。粗食と睡眠と適度な運動、そして肥らないこと、これが長寿の秘けつでしょう。