おくすり千一夜 第七十三話 低酸症とH2ブロッカー
医師の処方せんなしに薬局で買うことのできるお薬や御家庭にある配置薬を、薬事法では「一般薬」と言います。一般薬の中で「消化器用薬」の項を見ると、更に細かく分かれていて1:制酸薬、2:健胃薬、3:整腸薬、4:制酸・健胃・消化・整腸を2以上標榜するもの、5:胃腸鎮痛鎮けい薬、6:止瀉薬、7:瀉下薬、8:浣腸薬、9:駆虫薬、10:その他の消化器官用薬に分かれております。
これら薬剤の中で制酸能を有する成分の含まれるものは1と4で全製品の三分の一を占めております。消費量の最も多いのは4の制酸・健胃・消化・整腸を2以上標榜する総合胃腸薬でしょう。
一般薬に対して医師の処方せんに基づいて買うことのできるお薬を「医療薬」あるいは医療用医薬品と言います。病院では総合の名の付く胃腸薬や感冒薬はあまり使われません。
筆者は最近気になる文献を一つ見つけました。それは日本人における年令と低胃酸の割合を示すグラフです。文献はJ.Pharmacobio-Dyn.7,656,1984です。今から十五年も前の報告です。
問題の要点は、人の低酸症は十代、二十代ではあまりありませんが、三十代から増え始め、四十代では40%弱、五十代では60%を越していることです。
この調子ですと六十代七十代の人達は殆どが低酸症と考えてよいでしょう。人は加齢に伴って、全ての機能が徐々に低下してくるものです。胃酸の分泌低下と同時に胃壁を保護する粘液の分泌も低下して、いわゆる胃弱の状態になり、潰瘍ができ易くなっていると考えられます。
高血圧や糖尿病のような生活習慣病は、薬を飲んでも症状を抑えるだけで、病気が治るわけではありません。一生、血圧降下剤や血糖を下げるお薬を飲み続けなければならないのです。これらのお薬には胃障害という副作用があります。そこで副作用を抑える目的で、H2ブロッカーという胃酸分泌抑制剤が頻繁に処方されておりました。
しかし、最近はH2ブロッカーよりも胃の粘膜保護剤や増強剤が多く処方されているようです。アメリカやヨーロッパでは、驚いたことにより強力なプロトンポンプ阻害剤が頻繁に使われております。日本人と違って胃酸過多に伴う逆流性食道炎が多いそうです。一般薬ではまだ制酸剤、それも重曹や珪酸アルミやマグネシウムの入った製品が数多く市販されております。
厚生省は製品の溶出特性を厳しく規定するようになりました。消化管のpH(酸性やアルカリ性)の違いによって錠剤や顆粒剤の溶出速度が異なり、それが薬効に影響することから、高齢者では効果が違ってくるので、製品のpH溶出特性が厳しく規定されるようになりました。
しかしもう一つ、筆者が疑問に思っていたことに、腸溶性の製剤、エンテリックコーティング製品が少なくなってきた事です。酸性では溶けず、中性やアルカリで溶ける経時的に安定な皮膜を作ることは可なり困難が伴います。
腸溶性製剤試験に合格している製品があり、メーカーは腹痛を伴わない優れた製品と宣伝しておりましたが、健常人で全て原形のまま便の中に見い出されたと言うおかしな事件がありました。
上述の低酸症の状況を考慮すると酸性で分解する薬物でも、還暦を過ぎたらそのまま飲んで余り影響を受けないのではないかと思うのは筆者だけでしょうか。